ディズニーから考える世界

我流を流れ一流へ合流

Celebrate! TDLクローズの理由を考えてみる

2019年度東京ディズニーリゾート年間スケジュールが発表された。

東京ディズニーシーに新規アトラクション『ソアリン:ファンタスティック・フライト』が登場(夏)する他、TDLではサマーイベントとウインターイベントの刷新、TDSではハロウィーンイベントの刷新など、新たな発見の連続となるだろう。特にTDLサマーイベントではキャッスルショーの復活が発表されたことで話題を呼んだ。

その一方で、来年で15周年を迎えるTDLの『ワンマンズ・ドリームII -ザ・マジック・リブズ・オン』の終了(2019/12/13)や、TDS15周年の目玉として推し出された『アウト・オブ・シャドウランド』の終了(2019/03/31)など、ファンには悲しい発表となった。

ところで、東京ディズニーランド35周年のメインディッシュとして登場した『Celebrate! Tokyo Disneyland』も終了の対象となっていることについてあなたはどう思うだろうか。今回はこの素晴らしきショーが終了する原因は何かについて考えていこうと思う。

※散々ディスるが本当はこのショーが大好きであることを予めご承知願いたい。

Celebrate! TDLのここが駄目!

①中途半端なアトラクション選出

このショーの流れは

❶オープニング

塔の上のラプンツェル、シンデレラ、白雪姫、くまのプーさんイッツ・ア・スモールワールド、ピーター・パン、スプラッシュ・マウンテンアリスのティーパーティー不思議の国のアリススペース・マウンテン、スイスファミリーツリーハウス(?)、ウェスタンリバー鉄道、空飛ぶダンボ、キャッスル・カルーセル)

❷魅惑のチキルーム(オリジナル、スティッチ・プレゼンツ“アロハ・エ・コモ・マイ!”)

ジャングルクルーズワイルドライフ・エクスペディション

カリブの海賊

❺蒸気船マークトウェイン号

ビッグサンダー・マウンテン&カントリーベア・シアター

キャッスルカルーセル&プリンセスダイジェスト

白雪姫、眠れる森の美女、美女と野獣、シンデレラ)

ホーンテッド・マンション&スプラッシュ・マウンテン

トゥーンタウンダイジェスト

ジョリートロリー、ロジャーラビットのカートゥーンスピン、ギャグファクトリー/ファイブ・アンド・タイム

トゥモローランドダイジェスト

スタージェット、ミクロアドベンチャー!、スカイウェイ、グランドサーキットレースウェイ、ミートザワールド、ビジョナリアム

バズ・ライトイヤーアストロブラスター

スター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー

⓭ポップコーンワゴン&イッツ・ア・スモールワールド

⓮フィナーレ

ワールドバザールを除くエリアダイジェスト、キャッスルカルーセル

となっている。

太字となっている項目は、東京ディズニーランド公式が推奨するおすすめ一日コースに含まれたアトラクションだ。

【公式】東京ディズニーランドおすすめ1日コース | 東京ディズニーリゾート

…僅か5個だ。しかもそのうち2つはダイジェストで2、3秒挿入されるのみ。ゲストにお勧めするアトラクションは実質みっつのみである。他の人気アトラクションを考えても、内容の半分は多くのゲストに馴染みの無いものだ。トゥモローランドのかつてのアトラクションのダイジェストなどはわけが分からないだろう。これではオタク向けと言われてしまうのも仕方が無い。

ところがそういうわけでもない。東京ディズニーランド独自のアトラクション「プーさんのハニーハント」や「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」などの要素を盛り込んでも十分に成立したであろうに、わざわざこのチョイスをしたのには事情があるとしか思えない。構成が日本用でないことはファンには簡単にバレてしまうのだ。

幾つかのアトラクションはディズニーランドに欠かせないものだが、まだまだ入れ替えの余地は有ると思う。

②「端休めシーン」の多さ

このショーの最大の問題として、端休めシーンの多さがあげられる。

まず蒸気船マークトウェインのシーン。音楽から一切想像のつかないアトラクションの内容と、見にくい映像は、なんとも言えない雰囲気。綺麗に写っていて船内楽曲などをふんだんに使えていれば成立していただろうがどうしても休憩タイムになりがちだ。

プリンセスのシーンは、映画からの切抜きが多く東京ディズニーランドと名をつけるのに相応しいか否かギモンが残る。アトラクションの内容に直接結びつきにくいのも原因だろうか。

また、トゥモローランドのシーン。過去のアトラクションのポスターが次々現れるシーンだが、小さくて何かが見にくく、仮に見えたとしても覚えているゲストは少ない。トゥモローランドでたまたま聞いてたまたま覚えていないとただ未来チックなだけの音楽。ファンには嬉しいがなかなか考えものだ。

このように、ショーの中で間延びするシーンがなかなか多いのも余り好まれなかった原因だろう。

③キャッスルプロジェクションという形態

パーク内の大きなスクリーンを考えるとここでの公演は止むを得ないように思うが、どうしても映像が見にくくなる。初代キャッスルプロジェクションの『ワンス・アポン・ア・タイム』では、全体を通してシンデレラ城で公演する意義が大きかった。アリスが窓を突き破ってしまうシーンやトランプタワーのシーン、シンデレラの舞踏会や野獣とガストンの戦いのシーンなどはシンデレラ城でなければ演出できなかっただろう。

一方でCelebrate! TDLでこういった演出はあまり印象に残らなかった。しいて言えばスターツアーズのシーンでレーザーを活かしていたところだろうか。パイロやフレイムキャノンの関係もあるだろうが、基本的に「デカいスクリーンでやりたい」以外にキャッスルプロジェクションで有る意味が見当たらなかったのだ。

さらに、場所とりで問題が生じることも多かったらしいのでより問題は深刻だ。

④ストーリーの薄さと破綻感

実はこのショーには「音楽で東京ディズニーランドのアトラクションを巡る」というストーリーがあったのだが、あまり浸透していないように思う。オープニングでミッキーがコンダクターと紹介されていたり、楽器を吹く影が見えたりと確かに大事にはされているが、伝わりきっていないのが問題だ。

また重ねる形になるが、既に使われていない楽曲を使用した魅惑のチキルーム、蒸気船マークトウェイン号、プリンセスシーンなどの音楽とアトラクションが一致しないシーンが多かったのも見ていてもどかしい。

クオリティに関わらないクローズ理由

これまで散々マイナス点をあげてきたが、それでも私はこのショーが大好きだ。ここではさらに外的な要因を考えてみる。ツイッター上で囁かれていて、私も同じ結論に至ったものを幾つか紹介する。

①キャッスルショーの復活

2018年の夏は暑く、TDLでは昼の散水ショー『燦水!サマービート』の「熱キャン」が相次いだ。いわゆるディズニーキャラクターが暑さに弱い(詳しくは察して)ことが原因と思われているが、今後ショーを続行するためにも夜の公演を充実させる方向へとシフトしたのだろう。そこでキャッスルショーの復活である。ステージ建設に伴ってキャッスルプロジェクションは続行できなくなるために、止むなくクローズというわけだろう。

プロジェクションマッピングの普及

TDL初代プロジェクションマッピングである『ワンス・アポン・ア・タイム』が公演されていた2014年頃は、プロジェクションマッピング自体に集客性があったものの、技術の普及で様々なところで見られるようになり、プロジェクションマッピングである必要性がなくなったと考えることも可能だ。

③アトラクション刷新

本ショーに登場する「なにかしら」のアトラクションをクローズしたいがために、本ショーをクローズさせないと刷新が不可能であると言われてもいる。美女と野獣のシーンが有ることも考えると、可能性としては高い。

ぼくがかんがえたさいきょうのせれぶれ

上記の点を踏まえて、個人的にCelebrate! Tokyo Disneylandを改めて組んでみた。

❶オープニング

塔の上のラプンツェル、シンデレラ、白雪姫、イッツ・ア・スモールワールド、ピーター・パン、ピノキオスプラッシュ・マウンテンアリスのティーパーティー不思議の国のアリス、スペース・マウンテン、トイ・ストーリーウェスタンリバー鉄道、空飛ぶダンボ、キャッスル・カルーセル)

❷魅惑のチキルーム(スティッチ・プレゼンツ“アロハ・エ・コモ・マイ!”)

カリブの海賊

蒸気船マークトウェイン号

ビッグサンダー・マウンテン&カントリーベア・シアター

プーさんのハニーハント

ホーンテッド・マンション

スプラッシュ・マウンテン

トゥーンタウンダイジェスト

ジョリートロリー、ロジャーラビットのカートゥーンスピン、ギャグファクトリー/ファイブ・アンド・タイム

トゥモローランドダイジェスト

スタージェット、ミクロアドベンチャー!、スカイウェイ、グランドサーキットレースウェイ、ミートザワールド、ビジョナリアム

モンスターズ・インク“ライド&ゴー・シーク!”

スター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー

⓭ポップコーンワゴン&イッツ・ア・スモールワールド

⓮フィナーレ

ワールドバザールを除くエリアダイジェスト、キャッスルカルーセル

厳密に考えると東京ディズニーランド版のアトラクションがオリジナルである「ピノキオ」のシーンを追加。バズ・ライトイヤーアストロブラスターのシーンを廃止してトイ・ストーリーとしてオープニングに組み込む。

魅惑のチキンルームのシーンは『ハワイアンローラーコースター』に曲を変更して完全にスティッチ版に。

蒸気船マークトウェイン号のシーンは船内BGMに曲を変更。

ジャングルクルーズのシーンを廃止。詰めてプーさんのハニーハントのシーンを追加。プリンセスシーンを廃止してホーンテッドマンションとスプラッシュマウンテンのシーンを分別。ジッパディドゥダーを使用。

トゥモローランドのシーンはポスターを大きく。モンスターズインク“ライド&ゴーシーク!”のシーンを追加。スポットライトを活用。

あとは同じ。いかがでしょうか。是非公演してくれい……(無理)。

まとめ

今回のクローズに関しての理由を個人的に解釈してみる。

①アトラクション選出の中途半端さ

②端休めシーン

③キャッスルプロジェクション

④ストーリー過疎

⑤キャッスルショーの復活

⑥アトラクションの刷新

この6つにまとめられる。あくまで「予想」と「世論」の域を出ないが、なんとも哀しい。本当に好きなショーなので非常に残念だ。ほんとう。ほんとうだよ。

残りの期間の公演を大切にしていきつつ、今後の東京ディズニーランドに期待したい。

東京ディズニーリゾート『遊園地化』に関する持論

夢が叶う場所『東京ディズニーリゾート』は、日本におけるテーマパーク文化の立役者『東京ディズニーランド』と、日本人に捧げられたと言っても過言ではない『東京ディズニーシー』、その他ホテルやショッピングモール、モノレール路線を含めた「テーマリゾート」である。

ところが最近、東京ディズニーリゾートはテーマリゾートという肩書きの似合うものではなくなっていると思う。何故だろうか。

そこには「日本の文化」と「訪れるゲストのニーズ」が大きく関わっていると考える。東京ディズニーリゾートの「遊園地化」について、たみふるDの考えを述べてみようと思う。

「ディズニーランド」はテーマパーク

我々日本人にとって「ディズニーランド」とは東京ディズニーランドのことだが、本来これはアメリカのカリフォルニア州アナハイムに存在する「ディズニーランド(Disneyland)」を指す言葉だ。

このパークをテーマパークとみなすことのできる理由のひとつを考える。

それは、ディズニーランドがアメリカにあって、パークはアメリカを模したエリアやアトラクションで構成されているということ。

ディズニーランドは開園当初から『メインストリートUSA』『フロンティアランド』を所持しており、今も続いている。これはそれぞれ、TDLでいうところの『ワールドバザール』『ウエスタンランド』にあたる。

メインストリートUSAは、ウォルト・ディズニーの生まれ育ったマーセリンという町をモデルに建設された。彼の育った当時の面影が残されているエリアだ。また、フロンティアランドは、西部開拓時代のアメリカをテーマとしている。

後に『ニューオーリンズ・スクエア』や『ミッキーのトゥーンタウン』がオープンした。TDLの『アドベンチャーランド』の一部や『トゥーンタウン』にあたる。

ニューオリンズ・スクエアは、19世紀のニューオリンズの街並みが再現されたエリアで、これは本物と比べてもほぼ遜色のない出来になっている。ディズニーランドではカリブの海賊ホーンテッド・マンションがここに。ミッキーのトゥーンタウンは、アメリカのエンターテインメントを支えたディズニーの仲間たちの暮らすエリア。ワーナー・ブラザースはじめ多くの映画会社によるキャラクター融資により作られた映画『ロジャーラビット』が原作映画だ。

 これらのエリアの共通点は「歴史や文化を表現している」ことだ。

アメリカ文化や歴史を学んでいるであろう層が多く来園することが予想されるディズニーランドにおいて、このような「自国文化を継承する遊び場」には大きな価値が有る。実際にゲストによる認知度がいくらかは図ることがかなわないものの、必然的に目に留まるようなこだわりや再現が多々あるはずだ。ウォルトの生まれ故郷をはじめ、西部アメリカの開拓時代や哀しき奴隷時代の建造物、何よりアメリカ文化を代表するようなアニメーションの世界を体感できることは素晴らしい。日本で言うところの「江戸時代の東京をモデルに」とか「室町時代当時の金閣を再現して」などと同じニュアンスだ。

加えて、ディズニーは『リンカーン大統領と共に』『アメリカ・ザ・ビューティフル』『カルーセル・オブ・プログレス』などのアトラクションを用意し、自国文化のプレゼンを行った。

ディズニーランドは「ディズニー」以外にも、各々のエリアやアトラクションが何かしらの「テーマ」を持ったパークなのである。

東京ディズニーリゾート」はテーマリゾートなのか?

ここで東京ディズニーリゾートに話を戻そう。東京ディズニーリゾートはれっきとした「テーマリゾート」だが、実際はそのようには認知されていない。

その理由は複雑に込み入っているが、順を追って説明することとする。

①日本に「誘致」された東京ディズニーランド

東京ディズニーランドはディズニー側が用意したものではなく、厳密にはオリエンタルランドと呼ばれる日本の企業が日本に「誘致」したものである。

②「夢と魔法の王国」と異国情緒溢れるエリア

東京ディズニーランド……以前にディズニーのパーク……以前にテーマパークというものに初めて足を踏み入れた日本人が見たものは「夢と魔法の王国」であり「異国情緒溢れる空間」だった。

ワールドバザール』『アドベンチャーランド』『ウエスタンランド』『ファンタジーランド』『トゥモローランド』のエリアは、どれも日本人が現実にあまり見たことのない「外国のもの」だった。本来「アメリカ文化を体現」したものであるはずなので、「日本文化」を持つ日本人にとってそれはソウルではなく「新たな文明」だったのである(無論多少は盛った表現になっているが)。

そこに突如現れた「夢と魔法の王国」のキャッチコピー。ディズニーランドは「魔法の国(The Magic Kingdom)」がテーマだが、日本ではそこに「夢」が加えられた。このワードがよりディズニーを「異文化」にしてしまったのではないだろうか。

なお、当時のパークを訪れた私の父母は既に口を揃えて「当時は遊園地みたいだった」と伝えている。

東京ディズニーシーのオープン

2001年に東京ディズニーシーがオープンした。『メディテレーニアンハーバー』『アメリカンウォーターフロント』『ポートディスカバリー』『ロストリバーデルタ』『アラビアンコースト』『マーメイドラグーン』『ミステリアスアイランド』から構成されている。各々はかつて廃止になった『ディズニーシー』計画を元に、日本向けに再編されたもの。正に異国情緒と物語を大切にしたパークであり、テーマパークとしては最高な出来であったと思われた。

東京ディズニーシーの方向転換

ここ数年の東京ディズニーシーは方向転換を試みた。ストームライダーのクローズ、昼のハーバーショーの実質的終了、レストランのメニュー改変などを通じてストーリーをおろそかにする傾向に陥っている。

……実は、この④が既に「遊園地化を望んだゲストによるニーズが大きくなったために起きた現象」なのだ。

なぜ東京ディズニーリゾートは遊園地化したのか

この時代の流れにおいて、最終的な「ディズニー遊園地化」の原因は「異文化としてしか理解できないディズニーパークを、知識欲や探求欲を満たすための場所ではなく単なる娯楽施設として捉えている」ことだろう。前項では②が最も近い。

確かに東京ディズニーランドには『エターナル・シー』『ミート・ザ・ワールド』といった日本についてフィーチャーしたアトラクションがあったが、どうしても長続きするものではなかった。残ったアトラクションはスリルのあるものかキャラクター色が注目されるものばかりになっている。

更にこの流れに表されないもうひとつの理由としてはディズニー=キャラクターのイメージの定着が挙げられる。

日本文化に勝る異国情緒感→クラシックアトラクションのクローズ→グリーティングやキャラクター色あるアトラクションが残る→ディズニーパーク=キャラクターのイメージと繋がっていったことも予想できる。

テーマリゾートとして認められるに何が欠けているのか

東京ディズニーリゾートがテーマリゾートとして認められる傾向にないかということについてまとめてみると、「たみふるDは」以下の結論に至った。

①日本人ゲストに馴染みのないエリアやアトラクション

②ディズニー=遊ぶ場所のイメージ

③運営の広報不足

他には単に国民性の違いなども考えられるだろうが(余暇を学習に費やす気力がないなど)、一旦はこれで筆を置くことにする。

皆さんは東京ディズニーリゾートの『遊園地化』についてどう思うだろうか。そもそもそんなものはない?他の理由や効果が関わっている?それ以前にディズニーパークは本当にテーマパークなんだろうか?異論は勿論、是非皆さんの持論も聞きたい。

テーマリゾートとして遥々日本にやってきた東京ディズニーリゾート。ただアトラクションやショーに走るだけでなく、ゆったりと体感するのも楽しみ方のひとつとして提案していきたい。

「プーと大人になった僕」と「高校で学生やってる僕」の話

今話題が沸騰しすぎて溢れ出しそうな「プーと大人になった僕」を観てきました。

学生である私が思った感想を少々つらつらと。ラフに書きますね。

今の学校

正直学校の授業ってのは「超」が8000回ついても足りないぐらいつまらないです。

高校はまだいいんです。何故なら「入りたいと志願して入るから」。特に私立はいいです。同じことしたい生徒と教師が集まるので。……もっとも、親に無理やりぶち込まれた人は退屈でしょうけどね。

義務教育はある種の拷問です。必要か否かと言われれば比較のしようがないのでわからないですが今なら「不要」だと言ってしまいそう。

Wikipediaで調べれば出てくるような話や自分の望むコミュニティに所属してりゃつくような知識と社交性を無理に育てようとして台無しにする。大事なのは勉強する「権利」であって義務ではないでしょう。今すぐに自分の席を空けて授業をまともに受けられない層のお友達に譲ってあげたいです。

……こういうと「勉強は楽しいからじゃなくて必要だからやるんだよ(怒る教師や親特有の早口)」って言う人がいますけど、多分多くの大人は学校で習ったこと覚えてないでしょう。じゃああんまり意味ないですよね(適当)。

何故学校の授業はつまらないか

何故かって考えることは大切です。何故ならその理由に属さない学校の授業は楽しい可能性があるから。

……高校の授業を楽しいと仮定すると、義務教育との違いは「自分から勉強するか」ですね。

つまり、アニメ好きな人が声優や作曲者や監督を覚えてたり、漫画好きな人がセリフやストーリーを覚えてたり、鉄道好きな人がニュースの図解を指摘したりするのと同じです。

勉強ってのはやりたいと思って初めて楽しいんですね。私が高校に通う理由もそうです。やりたいことのために勉強するか、或いは勉強そのものが楽しいか。

「高校で学生やってる僕」は学校が楽しいか

楽しいです。めっちゃ楽しい。初めにお話しした通り勉強したくて勉強してるからです。「面倒くさい」けど、厳密には嫌いとは違う。それを言うならディズニーシーでアトラクション乗った時間を逐一メモする方が面倒。

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筆者がパークで逐一書いてるメモ

ですが何故やってるかって繰り返しになりますが「楽しいから」なんですね。

……学校に話を戻すと、例えば地学なんてディズニーシー直結知識だし、数学はアトラクション待ち時間やファストパスの統計取るのに必要、国語は読書のために、世界史はパークの成り行きやストーリー理解のために……と、楽しいから勉強出来ています。本来勉強するのはレギュラーではなくイレギュラー案件だと思うんです。

プーと大人になった僕」が伝えたかったこと

さて、本題です。

舞台はこれまでのプーさんシリーズと打って変わって騒がしい街ロンドンに。人々がクリストファー・ロビンのことをどう思っていて、逆に彼自身が周囲の人をどう思っているのか、更にはそういった類の表現がどうなされているかも注目です。

プーさんや仲間たち言葉の数々はかなり考えさせる核心をついた言葉です。あなたの思わぬ悩みを解決してくれるかも。

この物語の最大のポイントは「何もしないをする」こと。言い換えると「何もせずに何かすること」です。非常に難しそうですが、自分が本当に望んでいるのは何かを見極め人生の方向を決める方位磁針になる考え方です。

あなたが今やろうとしてるソレ、本当に大切なことですか?

おわりに

本当に見る世界が変わる映画です。まだ観てない方は劇場へGO。鑑賞前に『くまのプーさん-完全保存版』のチェックも忘れずに。

お読みいただきありがとうございました。

 

※このあとネタバレ考察もどき(寧ろこっちが本編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレ含む考察

大人になったクリストファー・ロビンは、鞄屋で首を切られるかどうかのトンデモ要求を持ちかけられます。そんな中プーさんに再開。仕事を取るかかつての大切な友達と思い出を取るかという選択を何度も強いられます。

100エーカーの森の仲間たちははじめクリストファー・ロビンが彼自身であることに気が付きません。何故ならそこにいるのは「想像力のある明るく勇敢で自由気ままで頼りになるクリストファー・ロビン」ではなく「社畜且つ効率厨のクリストファー・ロビン」だからですね。そして彼らこそ人(ぬいぐるみも)から「楽しみ」を奪うズオウのことだと暗喩させる。

クリストファー・ロビン社畜(といっても一部日本人から見ればささやかなレベルの社畜)になってしまいますが、このストーリーのポイントは「仕事はクソ」ではなく「仕事の為に遊び、遊ぶ為に仕事をする」結論になるところでしょう。

……そして、最終的にはあんな結末を迎えます(尊死)。

何もせずに何かをすること。難しそうですが、自身の本当にやりたいことを見極めることが人生をいくらでもいい方向へと狂わせますね。

日本のおもてなし文化は果たして素晴らしいのか

東京オリンピックパラリンピック2020をはじめとして何かと日本のテーマのひとつとしてクローズアップされる「おもてなし」の文化。

日本の心を重んじた素晴らしいマインドだが、一方で日本を苦しめるのもまた「おもてなし」であろう。

2018年夏の台風では、大雨の中ピザの配達をする配達員の動画がツイッターで話題を呼んだ(色々な意味で)。

ここで東京ディズニーリゾートの存在を絡めながら、おもてなし文化が如何に難しいものであるかを考えていく。

TDRのおもてなし

東京ディズニーリゾートのキャストは、訪れるゲストに「ハピネス(幸せ)」を提供する手立てのひとつとしておもてなし文化を教えられる。

キャストの育て方を伝える文献の多くでは「マニュアル通りでない、ゲストの『ハピネス』のための対応」を重視する振る舞いが推奨されていることがわかる。

また、おもてなしの理念として「前提条件として提示され、支給されるアクションがサービス。事前にアナウンスしているものではないが支給されるアクションがおもてなし」と紹介されている(筆者要約)。

……確かに、ディズニーパークでの逸話を語ったものには「粋な計らい」や「そこまでしてくれるなんて」といったオチ(?)なものが多い。

「おもてなし」はパークを腐らせる

続いて、東京ディズニーリゾートでの問題点について取り上げてみる。

これは「おもてなしが当たり前」文化の蔓延だ。

「ディズニーは神対応」「ディズニーのおもてなしは日本一」のイメージが、「ディズニーでのおもてなしは当然」へと変貌してしまったのである。

これは非常に深刻な問題で、パークを取り巻くほかの問題──「顧客満足度の低下」だとか「キャストの質低下」なんてものにも関わってくるだろう。つまり、顧客満足度やキャストの質が低下しているのではなく、ゲストの要求自体がエスカレートしているという事態が起きていることはほぼ間違いないだろう。

「おもてなし」──厳密にはゲストの心が、パークを腐らせていることは確実なのだ。

「おもてなし」が日本をも腐らせる

 では、日本全土におけるおもてなし精神についても考えてみることにする。

日本国民はもてなされることに慣れすぎてしまった。

おもてなしとは本来相手のことを配慮した粋な計らいのことであったのに、それが当たり前のサービスだと勘違いする人が急増している。

私が特に危機感を感じるのは以下の二つだ。

まず「お客様は神様」の文化だ。度々取り上げられてはひっそり消えていくこの問題。お客様を神様だと思うのはあくまで店側の判断であり、決して客が店側に強要してよいものではないだろう。「お金払ってきてるんだぞ」なども同様だ。

次に「サービス=無料」の意識。特に顕著なのは音楽業界、ゲーム業界、アニメや漫画業界だろう。先日のニンテンドースイッチ有料オンラインサービス移行では大きな批判が相次いだ。……所詮は月につき300円。ジュースを二本我慢すれば、一駅歩けば済む話ではなかろうか。プレイステーションではさらに高額なプランすらあることも考えると無料が当たり前の反動は大きい。他にも無断転載音源・漫画・動画の蔓延やそれらを支援するアプリやサイトの出現も恐ろしい。「えっ、お金払うの?!」は当たり前の反応になってきているが、時間と労力をかけてつくられた素晴らしい作品に失礼……以前の問題である。

これからの日本はどうするべきか

無論私はおもてなしをやめろと言いたいわけではない。おもてなしを受ける側の意識を改革せよと伝えたい……改革どころか、本来当たり前であった精神を思い出すだけで済む話なのだ。日本で起こっているこの奇妙な「おもてなしの義務化」はすぐに打ち切り、質のいいサービスとちょっとしたハピネスが生まれるようシステムの切り替えをしていくべきのように思う(なおここでは敢えて具体的な例は挙げないでおく)。

おわりに

東京ディズニーリゾートはこれから2019年に新アトラクション「ソアリン」のオープン、2020年にはTDLに大規模エリアオープン、2021年にはTDSの20周年、2022年には続けて大規模エリアのオープンが控える。冒頭通り、2020年の東京オリンピックパラリンピックにより諸外国から日本が受ける視線は大きなものになるだろう。

日本のおもてなしは素晴らしい。だから、日本人は素直にそのハピネスを享受すべきだ。

……日本人の誇りを思い出す絶好のチャンスではなかろうか。