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補足:「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」について

2020年5月、学校がなくて暇だったのでこんな記事を書いた。

tamifuru-d777.hatenablog.com

さて、本記事は2020/05/17現在、Think with Entertainments! 屈指の「わかりにくさ」を誇る。文中で示される内容の一部には共感を、一部には反感を、一部には困惑を覚えるだろうが、是非「解り難さへの挑戦」だと思って読んでくださると幸いだ。私もこの文章を通じて高度な思考の文章化へと挑む。いっしょに、かんがえよう。

 こうした挑戦的な内容であるが、幸いにもこの記事に対して様々な感想を頂いたが、その中でもとりわけ好みなのが、KuroUsada氏による感想。

www.kurousada.ga

TamifulD氏による面白い記事「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」はもう読みましたか?

ぼく「いや、そんなマストみたいに書かれましても……」

何はともあれ、本当に嬉しい。物書きの好きなものは、いつだって長文の感想なのだ。うむ。異論は許さない。

ところで、本文で幾つか触れられている疑問点について、私は補足を書こうという話をしていたはずなのだ。

読者諸君がご存知の通り、私は今の今までこれを書いてこなかったのである。約7ヶ月越しとなるが、なんとか可能な限りお答えする形で、補足としていきたいと思う。

尚、この文では、「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」を読んでいることを前提としていることは予めご了承頂きたい。

(以下、【「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」に対するいくつかの疑問と感想】内の章題から引用してタイトル)

(本文は私・TamifuruDによる「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」を、感想はKuroUsada氏による感想記事を指すものとする)

テーマエリアの分類

本文の中では自己解決している。確かに、この分類では、複数エリアに跨るものが多い。

第一の理由として、(感想でも或る通り)そもそもはっきりと分ける必要性はこの文脈においてないからだ。概念としての「キーワード型エリア」「ストーリー型エリア」「映画型エリア」を設置することが大切なのであって、その分類が明確であることが必要ではないからだ。

第二の理由として、上記の通り、それぞれのエリアをはっきりと分ける必要性がない以上、これらのエリア分類がグラデーションであることが、全く以て論理に干渉しないからである。

そして、そう、この表を作るのは大変だったのである(ここから言い訳)

ではこの分類が間違っているのかというと、そういうわけではない。むしろ私はこの分析はかなり的確なものだと思っている。詳しくは「私の考え」にて後述するが、テーマエリアの特徴はグラデーション状に分布しており、各々のエリアを明確に分類できるほどはっきりとした境界がないだけなのではないかと思う。そうだとすると、この表を作るのは大変だったはずだ。

(感想より)

元々この論では、「映画型エリア」と「ストーリー型エリア」の細分化すら行われていなかった。然しながら、東京ディズニーシーを考察していくに当たって、この二者択一だけでは記載しきれなくなったので、新たに第三領域を設置したという経緯がある。だから、分類自体が危ういものでありながら、分類した内容もグラデーションになっているのは、至極当然、致し方ないことであったのである(言い訳おわり)。

人間性」という言葉・『個性』とは何か

そこは「唯一性」ではダメなのだろうか?(中略)この言葉選びには筆者なりの考えが反映されているような気もするが、それがどういったものか残念ながら私にはわからなかった。ごめん。

(感想より)

こちらこそ申し訳ない。

こうした物事の唯一性を表現する言葉として「人間性」を使うことは出来ないだろうか。

(本文より)

本文では、「唯一性」という単語をかなぐり捨ててまで「人間性」という言葉を推奨する文脈を持っており、その内容はTwitter上の感想を見ても、どうしても伝わっていなかったようである。

これについてだが、端的には、スパゲッティの中でもとりわけパスタと名前をつけているようなだけに過ぎない。だが、それでも、パスタと名前がつくのには大きな意味がある。

従来の「人間性」とは、例えば、「彼の人間性を疑うね」などのように、「人間の性質」としての「人間性」であった。「彼の人間性を疑う」とき、彼の「人間の性質」が健全であるかどうか、悪徳なのではないか、と疑う。一方で、私が与えようという意味は「(その)人間であるという性質」なのである。これが「個性」と違うのは、「個性」とは「個の性質」でありながら、インターネットがもたらした個性の可視化に因って起こる個性の氾濫によって、選択制を余儀なくされていることである。これは、本文にも書いた通りである。

一般に「他の人とは異なる、その人独自の特徴」を「個性」と呼称しているはずだが、もしその定義をここでも用いるならば、本論で主張されている「人間性」もまた「他の人と有意に区別できるその人独自の特徴」ということになり、そこに違いを見出すことができなくなってしまう。 だが、本論はそんな単純な話ではなく、「旧来の個性」では「個性がある」という括りから抜け出すことはできないという話のはずであり、(以下略)

(感想より)

敢えて形容するならば、個性というのはハッシュタグであり、私の言う「人間性」とはアカウントである。個性は、#ギャグがおもしろい とか、#料理が上手 とか、#ディズニーが好き のように、他の人にも使用される可能性があるものだ。これらは利点として、#ディズニーが好き でソートすれば、複数の人間を特定のベクトルで一挙に集めることができるということである。他方で、「人間性」とはアカウントであるので、IDが重複することはなく、「その本人」でしかない。DMやリプライをする相手としてその個人しか認められない、という意味でそこに唯一性がある、だから、それを「(その)人間であるという性質」とし、私は「人間性」を用いていた・いるのである。
感想で言葉の恣意性について触れているように、確かに言葉と意味には必ずしも必然的なつながりがあるわけではない。

私が本文に於いて大きく誤っていたのは、この言葉を「物事の唯一性」を表すものとして紹介したことであったのだろうと思う。正確には「個人の唯一性」に限りなく近い意味を持っていて、テーマパークや映画を用いたイグザンプルはその代表に過ぎない。

没個性化という現象

感想の最後には、KuroUsada氏による見解も掲載されている。ここに於いて、人間性というものをもう一度改めて紹介してみる。

まず、「個性」を「その人を他人と有意に区別できる、その人独自の特徴」と定義しよう。

(中略)

他の人と区別できない要素(例えば、あなたの体に水素原子が含まれているかどうか、など)は個性になりえないことになる。 そして、時代や情勢の変化によって「かつては個性であったがもはや個性とはいえない」特徴も生まれてくる。 和装が主流だった頃は洋装が個性であったが、時が経つにつれて洋装が一般化したことで、現代ではむしろ和装でいることが個性になってきているように。

(感想より)

 感想では、「個性」を「その人を他人と有意に区別できる、その人独自の特徴」としている。そして、「かつては個性であったがもはや個性とはいえない」ものを設定している(この和装と洋装の喩えはとても分かりやすいので、私が発明したことにしてほしいくらい)。

ここで、私の方での定義を持ち出してみるのは些か無粋であろうが、私の本文に宛てた感想であるということから、恐縮ながら当てはめてみたい。

感想に於ける個性の定義は、私の本文での定義と全く相違ない。本文に於いて、個性を定義していなかったことが、ここにきてマイナスになっているわけだが、ここでは感想に於ける定義を借用したい。私の方での「人間性」の定義は、「(その)人間であるという性質」であって、さしずめ「誰が和装/洋装を着るか」という問題に直面しているということになるのである。

時が経つにつれて洋装が一般化したことで、現代ではむしろ和装でいることが個性になってきている

(感想より)

没個性の時代に於いて、服装の例に即して述べれば、「洋装」(かつての個性)が「一般化した」(没個性化した)ことで、「誰が洋装(かつての個性)を着るか」(人間性)にフォーカスされるようになった、ということなのである。そこで生き残っている、例えば、和装という個性は、現在でも個性としての威力を持ち続けるが、そうしたものの存在をひとつ超越したより詳細な唯一性に関して、私は「人間性」と名をつけているのである。

このように、個性は変化するものである。誰かが他の人と違うことを始めてだんだんとそれが受け入れられるようになり、参入者が増えて個性ではなくなるというサイクルである。このブルーオーションとレッドオーシャンの繰り返しこそが没個性化という現象なのではないだろうか。

(感想より)

こうした個性の定義の仕方に出会ったのは初めてだが、確かにそうなのである。「人間性」は端的に「(その)人間であるという性質」のことを指すのだから、これに代替が利くことは全くない。ブルーオーシャンレッドオーシャン、どちらも同じオーシャンであるならば、大地がなければその上に海は存在できない。その大地こそ人間性であるということである。それは、個性によって彩られてはいるが、最終的に指し示されるものがその一点になる、という性質があるのが「人間性」である。

おわりに

KuroUsada氏にはTwitterでも毎記事に欠かさず感想を頂いていたが、その旨は改めて感謝したいと思う。

氏の記事に於いては、『東京ディズニーリゾートにおけるBGSとキャラクター主義の台頭』というものがとても面白く、ここでは「ラベリング」という概念が登場し、現代の東京ディズニーリゾートの事情にメスを入れている。「ラベリング」と「個性」には近しい部分もあるので、良ければ御覧になってみてほしい。

この文章が補足に、ディズニーランドを通じて社会を考察するという営みの一端を担うことができていれば幸いである。

ディズニーワイド考察「ディズニーランドの『ディズニー』ってどういう意味なの?」

会話の中で、よく「ディズニー行きたいね」という表現を用いることがある。

この「ディズニー」というのは、東京ディズニーランド・シーのことを指している場合が大概である。つまるところ、「東京“ディズニー”ランドに“行きたいね”」ということなのである。

東京ディズニーランド・シーが「ディズニー」という名前で流布している以上、この「ディズニー」とはどういう意味なのかということになる。然し、これがなんとも定義し難いものなのである。

本文では、ディズニーの映画やテーマパークに焦点を当てながら、「ディズニーランドの『ディズニー』」がどのような意味なのか考えて生きたい。

Key Words

TDS「アウト・オブ・シャドウランド」
TDLキャプテンEO
映画『蒸気船ウィリー』
映画『白雪姫』
映画『ファンタジア』
イッツ・ア・スモールワールド

 

「アウト・オブ・シャドウランド」を再考する

アウト・オブ・シャドウランドとは

物語の出発点は「アウト・オブ・シャドウランド」である。東京ディズニーシー15周年の2016年からスタートし、2019年に短い上演期間を終えた、東京ディズニーシーのショーである。密林がテーマのエリア「ロストリバーデルタ」にある「ハンガーステージ」で上演されるミュージカルショーだ。

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このショーの粗筋は以下の通りである。

ジャングル探検隊に所属していた内気な少女メイは、このあたりの森に生息していると噂される伝説の鳥・カゲドリを見つける。カゲドリの導きでメイは、自身の持つ光の力に偶然気付くことになるが、その力でユウと名乗る男を蘇らせる。彼が言うには、メイはシャドウランドという場所に迷い込んでしまった――そこはかつて、命の輝きに溢れた素晴らしい場所だったが、カゲドリが黒い影の手下を率いて現れ、全てを破壊してしまった。メイが持つ光の能力を使えば、シャドウランドを蘇らせることができるかもしれない。その自信がない彼女は、旅の途中で、自身の中にある勇気と向き合っていく。

上の記事では、「アウト・オブ・シャドウランド」の魅力とつまらない点に触れている。

このショーは、有名シンガーソングライターのアンジェラ・アキさんが楽曲を作詞していることでも話題になった。「Jungle Safari(ジャングル・サファリ)」、「Moshikashite(もしかして)」、「Lake of Reflection(きらめきの湖)」、「True Self(本当の自分)」、「Finale(フィナーレ)」などどれも名曲揃いである。

「このプロジェクトに関われたことは奇跡であり、今後自身のミュージカル作品を手掛ける上で一生の財産になりました。総合芸術といえる未体験のショーを、ピュアな気持ちで細胞の隅々まで感じて欲しい」

とは、公式ウェブサイト掲載のアンジェラ・アキさんによるコメント。

また、ステージ全体をプロジェクションマッピングによって演出する、傾斜80度の垂直ステージでのダンスと盛りだくさんの30分だ。

アウト・オブ・シャドウランドはおもしろい?

私がこの記事を書くに至ったきっかけが、以下の記事である。

アウト・オブ・シャドウランドが面白い理由、つまらない理由【ディズニーシー・新ミュージカル】 - アートコンサルタント/ディズニーとミュージカルのニュースサイト

記事では、「アウト・オブ・シャドウランド」について以下のように述べている。

 「もったいない」、という言葉が一番しっくりくると思います。

このショーの問題は、大きく分けて二つあった。

ひとつは、前任のショーのあまりの人気ぶりだ。「アウト・オブ・シャドウランド」の前に公演していたショー「ミスティック・リズム」は、東京ディズニーシーがオープンした2001年から2015年まで公演し続けていた、ロングラン演目である。内容は、火の精霊と水の精霊、大地の精霊と森の精霊が渾然一体となって、「ザ・ミスティック・リズム・オブ・ザ・ジャングル」を奏でるというもの。抽象的な内容ではあるが、水、炎、フラッシュ、スモークを多用した五感に訴える演出と、バンドによる生演奏、ワイヤーを使ったアクションなどが人気だった。上の記事で指摘する通り、「アウト・オブ・シャドウランド」はその後に登場したとあって、出演者の少なさや演出の弱さ、生演奏の廃止、アクションシーンの簡素化、プロジェクション・マッピングに起因する舞台セットの簡素化などが目立ってしまった。

もうひとつは、単体作品としてのクオリティである。前任の「ミスティック・リズム」からの移行で廃止された生演奏に代わって、出演者自身が歌を歌う、俗に「生歌」が導入された。だが、オープン直後の出来映えはミュージカルファンから見れば散々なものだったようだ。ミュージカルショーを目指したつくりにも関わらず、ディズニーパークでのショーということで、上演時間が30分程度に収まっている。「アウト・オブ・シャドウランド」のストーリーを語るにはこの時間は短すぎたように思われ、そのため、展開の唐突さなどが指摘される。更には、引用した記事では内容の単純さが取り沙汰されていて、これを受けてか否か、ショー中の台詞は後に追加・変更されたものがある。

どちらのショーも、ディズニーキャラクターの登場しない人間だけで演出されるショーであった。その点で、東京ディズニーシーらしさに繫がっていたことは高評価であったのだが、どうしてこれほどまでに作品の評価が一変したのだろうか。前任のショー「ミスティック・リズム」と比較すると、ファンの間では評価の低くなりがちなこのショーだが、決して悪いショーというわけではない。引用した記事では、指摘したような幾つかの点でのクオリティの低さを見積もった上で、ディズニーの新たな挑戦にこのような言葉を贈っている。

まず「作品の意義」とは、作品全体が社会に与える影響のことです。

そういう意味では、シーでミュージカルが見られる環境を生み出したことは賞賛するべきだと思います。

(中略)

ああだこうだ言いましたが、30分という短い時間のなかできちんと歌って踊るミュージカル作品を観られる環境を生み出したことは大きな意味を持ちます。

しかも、今やどこの劇場もクレーム等にナーバスになって「未就学児入場不可」が多い。その中で、赤ちゃんにもミュージカルを見せ、聞かせる環境を作ったディズニーはまさに「夢を与える」という理念を現実の世界に、ハンガーステージの舞台上に具現化したのです。

 さて、この記事を受けて私は妙な感覚を覚えた。アンジェラ・アキさんを起用して、新たな演出で新たな挑戦……。

「これ、キャプテンEOでもうやらなかった?」

トゥモローランドの帝王

キャプテンEO」は、東京ディズニーランドにかつて存在した3Dシアター映画である。このアトラクションでは、「スター・ウォーズ」シリーズで映画の歴史に名を遺したジョージ・ルーカス監督と、伝説のミュージシャンことマイケル・ジャクソンが手を組んでいる。

アトラクションの内容は以下の通りだ。

マイケル演じる落ちこぼれ小隊の隊長・キャプテンEOは、仲間と共に、ある国の最高指導者に贈り物を届ける任務を任される。事故などもありながらなんとか到着したその国で、小隊は何者かに捕らわれてしまう。この国は色彩が存在せず、上半身がワイヤーで繫がれた蒼白顔の女王が治める国だった。キャプテンEOは、その国に色を取り戻すため、歌と踊りを女王に贈る。

1987年に東京ディズニーランドに登場したこのアトラクションは正に、「アウト・オブ・シャドウランド」と同様の精神で作られているように思う。「アウト・オブ・シャドウランド」も「キャプテンEO」も、その道のプロと協力して作品を創りあげている。

映画業界では、1950年代と80年代にそれぞれ3D映画ブームがあった。然し、どちらも一過性のものであった。

現在は、3Dを通り越した4D技術の登場などにより「第3次3D映画ブーム」にあると言われ、数年どころか十年以上続いている。これの到来については、3D上映を備えながら全世界最高興行収入を叩き出した『アバター』(2009年)以降のものであった。それまでの約30年間、3D映像という未知の体験を提供し続けてきたのが東京ディズニーランド、ディズニーなのである。『アバター』は、10年後の2019年、『アベンジャーズ/エンドゲーム』に抜かれるまで全世界興行収入では一位を保持し続けた。

ウォルト・ディズニーというキャプテンEO

そうした「未知の体験」を提供するマインド――ディズニーランドの産みの親ことウォルト・ディズニーは端からそうした人物であったことに気付く。

1928年公開の『蒸気船ウィリー』では、世界初の音付き映画「トーキー映画」*1を現出した。その後に登場した作品では、『白雪姫』(米公開1937年)は世界初の長編カラーアニメーションだし、『ファンタジア』(米公開1940年)はサラウンド録音が目新しかった。『ファンタジア』は、サラウンド録音に拘ったためかえって上映できる劇場が限られ、収益的には芳しくなかったとすら言われている。どれだけ先進的試みであったかがわかるエピソードである。

1955年、カリフォルニアにディズニーランドが誕生した後も、ロボットに演技をさせる「オーディオ・アニマトロニクス」技術を発案するなどした。これは、オーディオ(音)とアニメーション(動き)を融合させたエレクトロニクス(電気機械)という意味で、アニメーションの最先端だと豪語していた。その後も、ウォルト・ディズニーは世界の最先端技術を使って新たなエンターテイメントを生み出し続ける。

 

ディズニーランドは「夢の国」ではない

さて、日本の東京ディズニーリゾートが直面している問題として、「夢の国」という考え方がある。これが日本独特の考え方であるということを確認するべく、日本以外の場所にあるディズニーランドと比較してみたい。

カリフォルニアにあるディズニーランドについて紐解いていこう。先ずは「メインストリートU.S.A.」――東京ディズニーランドで「ワールドバザール」とされるエリア――を通る。その後は密林が舞台の「アドベンチャーランド」、西部開拓時代の「フロンティアランド」――東京では「ウエスタンランド」と呼ばれる)、おとぎの国「ファンタジーランド」、そして未来の国「トゥモローランド」を通る。

これらは正しくアメリカの歴史を表現しており、アメリカ人にとっては自国の歴史を追体験することを意味する。

本来、ディズニーランドとは本質的に「アメリカ歴史博物館」の役割を持っており、アトラクション内容もそうした部分が大きい。「トゥモローランド」は、アメリカの宇宙産業とNASAの世界観がモデルになっているし、「フロンティアランド」はゴールドラッシュとフロンティアスピリット、マニフェスト・デスティニーをモチーフとする。

ディズニーランドオープン直後、ウォルト・ディズニーは新しいテーマエリアを着想する。それが「ニューオーリンズ・スクエア」である。これは、嘗てフランス領であったが現在は合衆国に合併されている合衆国の都市「ニューオーリンズ」をモチーフとしている。白人文化と黒人文化が融合し、ニューオーリンズ・ジャズなどが有名。カリブ海に面していて、ここに「カリブの海賊」が建設された。

つまり、そこにディズニーのキャラクターの介在は不要なのである。事実、ウォルト・ディズニーの手掛けたアトラクションの多くは、ディズニー映画と一切関わりのないものである。我々が「ディズニーランド」と聞いて着想する「ホーンテッドマンション」「カリブの海賊」「ビッグサンダー・マウンテン」「イッツ・ア・スモールワールド」「ジャングル・クルーズ」などはどれも、ディズニーキャラクターの登場するものではない。「カリブの海賊」は後に映画化し、そこからキャラクターを逆輸入してきたものであるし、「イッツ・ア・スモールワールド」にキャラクターが導入されたのは2010年代に行われたリニューアルによる。「夢の国」の「夢」とは、「アメリカンドリーム」、アメリカ人が見る理想の国としての「夢の国」であって、決して東京ディズニーリゾートについて用いられるような「異世界」という文脈には置かれていない(少なくともそれが100%ではない)のである。

 

ディズニーランドの真意

ディズニーランドは「ディズニー映画の」ではない

ここでひとつ説明できるのは、「ディズニーランド」の「ディズニー」は「ディズニー映画の」ではないということである。

以前に別の記事で書いたように、ディズニーパークは、パークオリジナルのストーリーで作品を創ることをやめてしまっている。

tamifuru-d777.hatenablog.com

2013年に香港ディズニーランドに登場したアトラクション「ミスティック・マナー」以降、新たに登場した「ディズニー映画を原作にしないアトラクション」は十個あり、そのうち七つは2016年に上海ディズニーランドがオープンするのに際して登場したものである。

現在、ディズニーはピクサー、マーベルスタジオ、スター・ウォーズ20世紀FOXを吸収し強大なエンタメ帝国を築いており、世界のディズニーパークでは「ディズニーの代表」をいとも作ることが出来る。事実、「スター・ウォーズ:ライズ・オブ・ザ・レジスタンス」などのアトラクションは多様な需要にこたえる演出や、歴史の転換点となるような特徴を持ち合わせている。然し、それは「ディズニーのシンボル」に過ぎない。「ディズニーパークのシンボル」となり得る、皆に愛される新たなアトラクションというのは減少傾向にあるのだ。

 ここで述べたとおり、現在のディズニーパークに求められているのは「ディズニー映画のアトラクション」であり、「ディズニーのアトラクション」ではないというわけである。それは言い換えると、「ディズニーランド」の「ディズニー」とは、「ディズニーブランド」の「ディズニー」だということになる。

然し、嘗ての実態はそうではなかったはずである。

イッツ・ア・スモールワールド」は、実はディズニーランドのものではない。
1964年のニューヨーク万国博覧会に於いて、ウォルトは四つのパビリオン(展示)を製作しているが、そのうちのひとつが、「イッツ・ア・スモールワールド」なのである。後にこれがディズニーランドに移設され、ディズニーランドのアトラクションとして定着することになるのだ。このとき、エントランスに掲げられていたのは「ディズニーランド」でなければ「ディズニーキャラクター」でもない。他でもなく「ウォルト・ディズニーがお贈りする『イッツ・ア・スモールワールド』」だったのである。

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引用:Four Disney Exhibits Open at the New York Worlds Fair - D23

このように、ウォルト・ディズニーは新たな物語を次々と生み出し、アトラクション、レストラン、ショップ、テーマエリア、体験価値として提供してきたのである。然し、その根本にあるのはあくまで「ウォルト・ディズニーが贈る」精神であり、ウォルト没後のディズニーパークも「ディズニーが贈る」作品作りを続けてきたのである。

ディズニーパークが提供するものは何か

ディズニーパークは、「ディズニーが贈る」様々な体験で溢れている。

キャプテンEO」について述べたとおり、ディズニーパークは「ディズニーが贈る全く新しい体験」がテーマなのである。この具体例を挙げようと思えば枚挙に暇がない。

東京ディズニーランド・シーには幾つかコース料理のレストランが設置されている。東京ディズニーランドなら、「ワールドバザール」エリアにある「イーストサイド・カフェ」や、「カリブの海賊」冒頭で入り江に浮かぶ「ブルーバイユー・レストラン」、東京ディズニーシーならば「マゼランズ」や「リストランテ・ディ・カナレット」などがある。家族向けに開かれているディズニーパークで、日常的に食べることのないコース料理を堪能できるとなれば、その導入にぴったりだろう。

又、嘗ての東京ディズニーシーの「アウト・オブ・シャドウランド」に並んで、「ビッグバンドビート」はスウィング・ジャズの演目だし、「ザ・ダイヤモンド・ホースシュー」というショーを鑑賞しながら食事の出来るレストランでは「ミッキー&カンパニー」のディナーショーが公園される。こうしたショーも、非日常的であり敷居の高いエンターテイメントの初体験になる。ショーの演目は多岐に渡り、東京ディズニーランドの「スーパー・ダンシン・マニア」では「ダンスクラブ」がテーマで、シンデレラ城前のステージで多くのゲストが踊った。東京ディズニーシーの「ボンファイヤー・ダンス」は、盆踊り(盆・ダンス)と爆発の擬音であるボンが組み合わされた造語で、参加エリアと鑑賞エリアに別れ、実際に踊り明かした。更に、「ケープコッド・ステップアウト」はアイリッシュバンド、「サルサ! サルサ! サルサ!」はラテンミュージックの生演奏が鑑賞できた。

アトラクションについても同様のことが言える。「スペース・マウンテン」と「宇宙旅行」、「海底2万マイル」と「潜水艦乗船」などは、我々の手元にない非日常体験を精巧に再現したものとなっている。

日本に於いてハロウィーンイースターが本格的に知られるようになったのは、東京ディズニーランドスペシャルイベントがきっかけとされる。既に我々の生活に根付きつつあるが、当初はこうしたひとつひとつのイベントに未知との遭遇があった。

ディズニーランドの目的

「アウト・オブ・シャドウランド」で指摘されるとおり、これらはどれも、必ずしも本質を映しているものとは言えないだろう。東京ディズニーランド・シーは併せて年間3000万人が訪れる場所である。或いは、アメリカ合衆国で1948年頃から人気となったファストフードチェーンである「マクドナルド」の次世代型として、オートメーション化された施設の系譜にあるともされる場所である。ある程度の回転率を保って施設を運営するために、切り捨てる本物性があることは否めない。それぞれ本物のレストラン、ダンスクラブ、宇宙船、潜水艦には適わない部分が当然存在する。日本のハロウィーンイースターは往々にしてそのルーツが無視され、商業的契機としての利用価値ばかりが取り沙汰される傾向にあり、東京ディズニーランドもその例に漏れないだろう。

だが、そのためにディズニーパークの役割は入り口に留まっているのだという考え方も出来る。事実、筆者の私が東京ディズニーランド・シーをきっかけとして興味をもったものを列挙すれば、地理、地質、火山、化学、建築、西洋美術、ルネサンス、英語、ラテン語、イタリア語といった学術領域から、クラブ・ダンスミュージック、ミュージカル、アイリッシュケルティック、ジャズ、映画サウンドトラックといった音楽ジャンル、『恋に落ちたシェイクスピア』『サイコ』などのディズニー映画でない映画ジャンル、マーケティングや心理、経済、至っては微細な因果関係を事細かに気にしだすなどといった抽象的範囲に及ぶ。これらは大学受験をするに当たって「生の知識」情報源として活躍している。はたまた、こうした文章を書くきっかけすら与えてくれる。

このように、我々一人ひとりの興味や関心の出発点として、東京ディズニーランド・シーは存在しているのである。

 

ディズニーランドの『ディズニー』ってどういう意味なの?

本文では、僅かな上映期間を終えたショー「アウト・オブ・シャドウランド」を出発点として、「ディズニーランド」の「ディズニー」の意味について考えてきた。

「ディズニーランド」が、人々の興味関心の原点であり、そこで刺激を受けた人々が日常生活の中で才能や実力を発揮したり、努力を積み重ねたりすることによって、そこには「ディズニーがお贈りする」楽しさやわくわくすることが増えていくのである。「ディズニーランド」の「ディズニー」とは、嘗ては「ウォルト・ディズニーがお贈りする」という意味合いを持ち、現在でもその性格として「ディズニーのメンバーがお贈りする」ということを指しているのではないだろうか。

「アウト・オブ・シャドウランド」は、単にディズニーキャラクターの登場しないショーであったことが重要なのではない。ディズニーキャラクターに頼ることなく、生身の人間として、そうしたディズニーパークの精神を提起したことに真価を見出すことができるのである。

2014年から音楽活動を休止し、アメリカ合衆国での二年間の留学を経た復帰作として、アンジェラ・アキさんが満を辞して作詞した「アウト・オブ・シャドウランド」の曲たち。そこには、アンジェラ・アキさん自身の思いだけでなく、ディズニーパークに息づく精神と、我々の進むべき道が示されているように思えて仕方ない。

暗闇の先にあるのは 幾千ものきらめく光

信じて進もう

 

本当の自分が誰なのか

探しに行こう 探しに行こう

恐れないで

 

歩き出そう 歩き出そう

*1:厳密には、「サウンドトラック方式」と呼ばれるトーキー映画として初

『ティガームービー/プーさんの贈りもの』が日本人に必要な理由

『ティガームービー/プーさんの贈りもの』を観ましてね。

 

泣 い た

 

どうしてでしょう……何があったのでしょう……。

普段は常体(だ・である)調の本ブログですが、数ヶ月ぶりの更新なのでリハビリも兼ねて敬体(です・ます)調でお送りする、『ティガームービー/プーさんの贈りもの』を今観る理由です。

 

 

『ティガームービー/プーさんの贈りもの』の物語

「ティガーにもどこかに家族がいるでしょう?」。100エーカーの森で一番のお調子者であるティガーは、自分に似た家族が誰もいないことに悩んでいました。オウルに相談すると、どうやら家族の木というものがあるらしい……。ティガーは、家族が揃って暮らす家族の木を探しに出る。ところがその過程で様々な事件が起こる……。

盲目なティガーの哀れさは万人共通

ティガーは思春期なんですかね。

行くところ来るところで「どこかに家族がいるに違いない」と信じて聞きません。ティガーの歌"A Wonderful Thing About Tigger"では、"I'm the only one!"「世界一のトラは俺ひとり!」と歌い上げますね。それとはっきり矛盾しているんです。『くまのプーさん 完全保存版」でも、ティガーはせっかちで思い込みが激しいキャラクターと描写されていますが、それにしてもというべきか、そんな彼だからというべきか、盲目に家族を探すティガーはなんとも哀愁漂います。彼はいつしか、いないとわかっていてもいると信じたいだけになっているんです。でも、その気持ちがわかってしまう。

だから、逆に「家族だ!」となったときのうきうきした感じがとってもつらいんです。

大奮闘のルー

ルーもルーで寂しいです。

彼は、ティガーに兄貴になってほしいと思っていますが、ティガーは聞きません。ルーは当初、「僕にはママがいるよ、ティガーにもどこかに家族がいるでしょう?」ともちかけますが、それは血の繫がったカンガのこと。いっしょにジャンプしてくれる家族がいないのは、ルーも同じだったんですね。

ルーは、ティガーが「ティガーの家族しかできない」というウープ・ディ・ドゥー・パー・ループ・ディ・ドゥー・パー・アリー・ウーパー・ジャンプを必死に練習します。

家族という形で展開される恋愛ドラマですよコレは。

そして、ルーの提案である手紙、変装は次々に失敗していきます。それを、一番ルーが悔いているというのもつらいです。

キャラクターが凄い!

プーさん、ピグレット、イーヨーはそれぞれ、ティガーに対して「ぼくらはティガーになれないんだ」と想いながらも、仲間として大切に慕う気持ちを持っています。カンガはルーの母親として、ティガーを心配し包み込もうとします。

そしてラビットは、ティガーのことを嫌いながらもどこかいないと落ち着かない素振りを見せます。

雪の降る中、「からかったんだな」といって飛び出していったティガーを探す彼らがラビットを頼るシーンは感動ものです。そして、それを受けてたつラビットもまたすごい。

彼らそれぞれにティガーに対する想いはあれど、どうも、いっしょにいて楽しくしてほしい。そう思っている関係が素晴らしいから故の「家族」なのですが、これを突き放して盲目に家族を探すティガーがつらいです。

 

ディズニーが捨てた「家族」と拾った「家族」

ティガーが当初想定していた「ティガーの家族」というのは、しましまでジャンプが上手。ティガーに「似ている」家族でした。そして、映画の最後は存在しないことが明かされます。そして、ルーを弟として迎え、100エーカーの森の仲間達を家族として迎えます。

既にこれがいい。素晴らしい。ディズニーはしばしば、「家族向けだから反家族の物語を書かない」と弱点を突かれるんですが、この映画、肉親や血縁、契約上の家族の存在を「そんなのはいない」と一蹴しているんです。そして、「家族と認めた人が家族」なんだとやる。感動です。すごい。泣いた。

ディズニーはちゃんとやってくれたんですね。家族関係に悩まされる人の多い中、家族とは単なる容姿や仕草の遺伝の話ではないんです。心と心が通い合って、無意識に相手を助けたくなるような関係のことだと。やばい。

Your Heart Will Lead You Home

楽曲がすべてに於いて優秀です。

"Someone Like Me"は、ティガーが自分の孤独を憂う歌。この歌が序盤から入ってくることで、映画の空気が一気に冷えます。

"Whoop-de-Dooper Bounce"は、歌詞の楽しさだけでなく、ルーとティガーの関係がよく表れています。

"Round My Family Tree"は、「フレンド・ライク・ミー」のようでありながら、ティガーがありったけの家族との(架空の)関係を喋り倒します。このシーン、非常に楽しく明るいシーンなのですが、彼が「家族」と呼んでいるのはルーやプーさんが書いた手紙に出てくる「家族」。実は存在しないと言うのを観客は知っているので、めちゃくちゃつらいです。

"How to Be a Tigger"は、「ティガーになろう ティガーになろう みんなでティガーになろう」という歌詞の歌。本作、序盤から「ぼくらはティガーになれないよ」という台詞が随所に登場し、ティガーになりたいのはルーだけという状態が続くんですが、ここでついに100エーカーの森全体がティガーのためにティガーの家族になりきろうとする。心が温まります。

そして、今作の主題歌”Your Heart Will Lead You Home”

If you feel lost and on your own.
N' far from home. You're never alone, you know.
Just think of your friends. The ones who care.
They all will be waiting there. With love to share.
And Your Heart Will Lead You Home

はぐれ、一人ぼっちのように感じても
家族を離れても、君はひとりじゃない
君の大切な友達のことを思い浮かべて
みんな心配して待っているよ
君の心が家族へ導いてくれる

(筆者のエクストリーム意訳)

 やばい……。この歌がすべてを物語っております……これが家族のあるべき形なのではありませんか。ねえ。みなさん(号泣)

大切なのは心

ところで、今作では非常にシンプルな形で「大切なのは心」というのを体現しています。

ティガーの探していたペンダントはハートの形をしていて、作中ずっとからっぽでしたが、最後には一枚の写真で満たされる。あれがすばらしい。家族で胸がいっぱいになるんですね。ティガーは常に「手紙」とか「ペンダント」とか、「家」とか「飾りつけ」とかを大事にします。それに「しましま」や「ジャンプ」なんかも。「太くて高くて立派なしましまの木」を探していたのも。それを条件だとまた、ルーやプーさんたちも、「ティガーになれない」というのをはじめは「ジャンプできない」という意味で使っていました。でも、実際は違ったんです。

ティガーが見つけた家族は心の繫がった純真の友達のことでしたし、ルーは最後に勇敢になるという形でウープ・ディ(略)ジャンプを成功させてティガーの家族になります。実際に大切なのは形ではなく心だったんです。

英語自体の問題ですが、HouseとHomeの違いと言うものがあります。今作ではティガーが家を建て増ししたり、イーヨーの家の問題が出てきたりしますが、あれがHouseです。骨身と建物のこと。Homeとは団欒や家族に囲われた「帰るべき家」という意味合いを持っている。つまり、ティガーの帰るべき「迎えてくれる家族」を意味しているんですねえ。

日本人に捧ぐ

ちなみに、この曲がTDR25周年の東京ディズニーランドのパレード「ジュビレーション!」でも使用されています。

元々、東京ディズニーランドというのは経営が「日本風」でした。現在でもディズニー社の手にない唯一のディズニーパーク(厳密には東京ディズニーシーもだが)であって、オープン当初はたいへん苦労したようです。お土産で収益を得るとか、パレードのために場所取りするなどは、東京オリジナルの展開です。アメリカ本国では、それぞれレストランで収益を得ていますし、場所取りは花見が系譜にあると言われています。

そして何より、「ファミリーエンターテイメント」として完成したディズニーランドに対して、東京ディズニーランドは家族だけでなく、友達同士や恋人同士、はたまた一人でパークを訪れる例が著しく多かったと言われます。それが東京ディズニーシーの建設に流れました。つまり、恋人向けのパーク作りがなされたというわけです。

さて、『ティガームービー/プーさんの贈りもの』のエンドロールを観ると、ざっくり3分の1ぐらいの人が日本人であることに気付きます。それもそのはず、この映画は日英合同で製作され、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの日本部署が参加しているのです。詳しい組織形態は私も分かりかねますが、まあ、日本人が多く参加して制作されています。そして、公開が2000年で、これは東京ディズニーシーオープンの前年なのです。

東京ディズニーリゾート25周年のパレード「ジュビレーション!」に於ける"Your Heart Will Lead You Home"とは、つまり、「ファミリーエンターテイメント」を共に楽しむ「迎えるべき仲間」について歌った歌詞なのであります。隣にいる友達、恋人、そして家族は、あなたが迎えるべくして迎えた「家族」であり、そこに姿や性格は関係がないのです。

おわりに

すいません! まとまりませんでした!

感動して錯乱しながらかいているのであまりよく言い表せているとはいえませんが、この文章を書きながら未だに悶々としています。ドキドキします。今夜は眠れないぜ。

「プーさんよりもっといい主人公がいる」と言ったり、ティガーが紅茶を吹いたり、プーさんが毒舌だったり、謎のダンスミュージックが入ってきたり、ところどころ「プーさん」っぽくなかったり原作にリスペクトがないところはあるんですが、まあ、アメリケン映画として観れば文句ありません。

みなさん、『ティガームービー/プーさんの贈りもの』よろしくおねがいいたします。

 

あなたの家族より

テーマパークに行くな、“組み込まれろ”!

テーマパーク。

東京ディズニーランド、シー(以下それぞれTDLTDSを使用)、そしてユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下USJを使用)、ハウステンボス(以下HTBを使用)、そしてテーマパークの精神を受け継いだ数々の商業施設が日本には溢れている。

テーマパークでみなさんはどのように楽しむだろうか? 或いは、テーマパークをどのように楽しむだろうか?

今回は、三本立ての目次を用意した。テーマパークの本質を紹介したのち、旅の本質を探る。そして最後には「テーマパークならではの楽しみ方」について追求してみよう。「ああ、テーマパークって素晴らしい!」と思わず叫びたくなるような、新しい捉え方でパークを訪れてみてほしい。

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序・テーマパークとは何か

テーマパークの定義

テーマパークとは何か、先ずは辞書的な意味に答えを求めるところから始めようと思う。

(和製英語Thema Park)催し物や展示物をある主題のもとに統一して構成した遊園地。

(広辞苑第六版『テーマ-パーク』より)

広辞苑に掲載の意味はやや狭義的だ。

テーマパーク(英語: theme park)は、日本では、特定のテーマ(特定の国の文化や、物語、映画、時代)をベースに全ひれ体が演出された観光施設を指す。娯楽やレジャー、知的好奇心を触発する各種趣向などを盛り込み、遊園地、動物園、水族館、博物館、ホテル、商業施設などを併設することもある。なお、日本以外の国においてはテーマパークと遊園地は区別されていないことが多い。

(Wikipedia『テーマパーク - 特定のテーマをベースに全体が演出された観光施設』より/「全ひれ体」は恐らく「全体」のこと)

Wikipediaは、広辞苑の「遊園地」という定義の部分をやや広く取っている。こちらを引用してみるとテーマパークとは①特定のテーマに基づき②全体が演出された③観光施設である。

例えば、東京ディズニーランドでみてみよう。

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東京ディズニーランド入れ子構造

 

東京ディズニーランドは、「ディズニー」というテーマに基づき全体が演出された観光施設だ。

東京ディズニーランド内のエリア区分「ウエスタンランド」はディズニーというテーマに修飾される。ジェットコースタータイプのアトラクション「ビッグサンダー・マウンテン」は「ディズニー」「ウエスタン」に修飾される。そして、アトラクションで見られる例えば鉱山労働者の小屋は「ディズニー」「ウエスタン」「ビッグサンダー・マウンテン」に修飾される。すべての施設に於いてこの前提を堅持することが基本的には求められている(後述する幾つかの例外を除く)。かくして、「ディズニー」というテーマに基づき全体が演出された観光施設としての東京ディズニーランドが完成する。

これが、テーマパークの基本構造である。そのため、テーマパークのアイデンティティは①どのようなテーマを設置するか、②どのように全体に演出するか、③どのように観光施設としての役割を果たすかにかかっている。

先ず、①について、東京ディズニーランドやシーは「ディズニー」、USJは「世界最高のエンターテイメント」、HTBは「中世オランダ」などのテーマを設ける。

又、並列して、TDLTDSは「ファミリー・エンターテイメント」をテーマに全世代に向けたアプローチをしている。USJの理念は2020年から「NO LIMIT!」になり、エネルギッシュな印象を与える。HTBのアプローチは上の三パークとは異なり、「人と自然が共存する新しい街」「自然の息づかいを肌で感じることのできる新しい空間」を目指したある意味「再現都市」の趣がある。

次に、②どのようにして全体を演出するかという側面に入っていくが、これは後述することにしよう。

最後に③観光施設としての構造を持つ必要がある。東京ディズニーランドやシーは「イベント」「アトラクション」「パレード/ショー」「ショップ」「レストラン」「サービス施設」を設け、これらには必ず背景となるストーリーが存在するということにしている。USJでは、「アトラクション」「イベント」「レストラン」「ショップ」を設置していて、スタジオの中のセットを通してこれらを体験できる。ハウステンボスは「ホテル」「アトラクション」「ショップ」「グルメ」でテーマを表現する。なお、これらは、それぞれ公式ホームページに表記に依拠しているが、筆者が独断で一部を切り出したため、よろしければ各ページの方でご確認頂きたい。

テーマパークを最終的に分析すると、どうやら①テーマ、②方法論、③観光施設という3要素がテーマパークをテーマパークたらしめているのだとわかる。

 

【公式】東京ディズニーリゾート・オフィシャルウェブサイト | 東京ディズニーリゾート

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン|USJ

HTB|ハウステンボスリゾート

 

テーマパークの構造認識を細かくする

東京ディズニーランドを例に出して解説したテーマパークの構造に於いて、テーマパークとは入れ子構造で表されるものであることを確認した。鉄砲やピッケルひとつとっても、そこには「ディズニー」「ウエスタン」「ビッグサンダー・マウンテン」「鉱山労働者の小屋」などのテーマが一斉に重なっている。そして、その随所には①テーマ、③観光施設が存在した。然し、この入れ子構造をより細かく分解することを試みる。

糸口は、たった少し上の文と矛盾するが、「最終的にテーマパークが表現するのはテーマではない」という側面であり、又は入れ子構造では②方法論が記載されないことである。現実世界に現出されるもの、テーマパークが最終的に表現するものは「観光施設」である一方で、テーマとは主題、題目のことである。これは抽象的概念で、具体的に現実世界に現出されることがない。①と③の中継ぎをする②について上記の入れ子図に仲間入りさせてあげるため、今から少し細工を施してみることにしたい。

 

電子レンジ=テーマパーク?!

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電子レンジの仕組み

上の図を御覧頂きたい。
上の図では、電子レンジがどのようにして作られているか、その仕組みを示している。どうして突然「電子レンジ」の例なのか。それは端的に、テーマパーク──ひいては、エンターテイメント全体に関わる新たな構造形体が、実はまったく近くに存在していることを証明するためである。

人間は食べ物を食べる。そして、時折調理をする。動物や植物を刻んだり、焼いたり、煮たりして口へ運ぶが、最も原始的なその営みの過程を見てみよう。

第一に、「キッチン」という舞台は料理をする場所で、その中には「温める」という分野が存在する。つまり、温めるは料理という行為の一パーツである。この温める分野の中に「電子レンジ」が登場する。電子レンジは温めるという行為のパーツである。電子レンジがマイクロ波加熱を行うために必要なのが「真空管」である。文字通り、真空管は電子レンジのパーツである。この真空管のパーツが……とこのように分解できる。

さて、このようにしてみると、物というのは何らかの「母」なる分野があって、その中に「子」なる分野が内包されているらしい。又、「温める」内での「電子レンジ」はパーツのひとつに過ぎないのに対し、「電子レンジ」と「真空管」の関係に於いては、電子レンジが全体として振舞う。目的としての「電子レンジ」と、主題としての「電子レンジ」には、その存在意義について微妙な違いを分解できる(実際は重なっているから日常的にはこの違いを無視している)。この場合「キッチン」「温める」「電子レンジ」「真空管」はすべて現出された行為や物体であって、決して抽象概念ではない。然し、この仕組みを綿密に捉えることこそ、テーマパークを真に理解する礎となるのだ。

ところで、この構造を上下に拡張していってみよう。キッチンは家のパーツ、家は住処のパーツ、住処は生活のパーツ、生活は人生のパーツ、人生は人間のパーツで、人間は社会のパーツ、社会は生態系のパーツ、生態系は地球環境のパーツ、地球は太陽系のパーツ、太陽系は宇宙のパーツである。逆に、電子レンジの一部である真空管を分解していくと最終的には原子を構成する陽子や陰子、中性子の範囲まで話が及ぶ。これを簡略化せずに書き込むと、実質的に、社会は無限の「母→子構造」であることが言える。

 

テーマパークの「新しい構造」

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ビッグサンダー・マウンテンの新しい構造


最大となっているテーマは「ディズニー」で、これはあくまで抽象概念であろう。それを一度「東京ディズニーランド」に現出、今度は東京ディズニーランドをテーマへと抽象化して「ウエスタンランド」を現出、ウエスタンランドを抽象化して「ビッグサンダー・マウンテン」を現出、ビッグサンダー・マウンテンはテーマと化し、そこへ「鉱山労働者の小屋」などが現れる……本来の形はどちらかと言えばこちらである。ここで言うテーマとは抽象的イメージのこと、パーツとは実際に現出される観光施設のことである。そして、数珠のような連なりがその方法を体現している。

つまり、テーマパークとは「テーマを基にしたパーツを作り、そのパーツをテーマにしたパーツを作り、これを繰り返す」というのが私の見解である。無論、これの根本にあるのは入れ子構造であるから、下流のパーツは上流にあるすべてのテーマを背負っているということになる。その点から、私はこの構造を「テーマパークの遺伝構造」と名付けたい。

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テーマパークの遺伝構造

「パーツの中にパーツを作ってもいいのではないか」というご意見は最もだろう。確かに、テーマとパーツにいちいち乖離させることに大きな意味があるとは思えない。そもそも、本記事の既に約3000文字が形而上の文字の定義の話に終始しており、そこにどのような生産性があるのかと問われれば私も口を噤む他ない。

だが、ここでひとつ確認しておきたいのは、「テーマはあくまでテーマだ」ということだ。

 

「テーマ」の利点と、テーマパークの「ズル」

ズル1:本物≠本物

ハイパーリアルは筆者が過去に何度も取り上げてきたが、この文脈で改めて取り上げてみるのもまた面白い。ハイパーリアルとは簡潔に言うと「本物より本物らしい」というものだ。

最も有名且つ顕著な例に、日本人俳優・声優の演技が挙げられる。日本の声優による演技や吹き替えは、日常生活から俯瞰してみたら明らかに不自然な物言いや感情表現に依拠するものが多い。理由は「そのほうが本心のように聞こえるから」だ。

そもそも、カメラを通して撮影された映像である時点で、それは三次元情報を二次元情報に圧縮したもので、現実の世界よりも情報は少なくなっている。カメラを通して素の状態(=本物の状態)を映した場合、カメラを通して情報量が少なくなっているから、逆にこれが偽物のように見えてしまう。特にアニメでは、平面上の謂わば動くイラストに声を当てる必要があるため、尚更視覚情報が少ない。こうしたものに声や演技をつけるならば、メディアの性質上受け取ることの出来る情報量が少ない分を、他の方法──この場合は演技で──上乗せすることの妥当性がご理解頂けるだろう。こうして生まれるのが、「偽物だが本物よりも本物らしい状態」、即ち「ハイパーリアル」状態である。

又、ジブリの作品でも意図的にこうした手法が導入されている場合が多い。ジブリ映画の食事シーンが美味しそうに見えるのは、アニメーションという性質により削れた分の情報量を「本来なら有り得ない誇張された描写」で補うからだ。「ジブリっぽい雲」という単語が確立している件もある。実際の現実世界の雲が、ジブリ作品に似ているというわけだ(本来はジブリ作品の方がアニメーションの雲=偽物の雲を描いているにも関わらずだ!)。

 

テーマパークと本物志向

これが、テーマパークにどう影響するのだろうか。

テーマパークに於いては往々にして再現性が求められる。それは、テーマパークが性質上三次元世界、謂わば我々の日常と同様の次元に成り立っているからであると思われる。アニメーションの場合、非現実的で写実性に富まない描写があったとしても、二次元世界の出来事であるから容認されやすい。テーマパークは三次元世界であり、限りなく日常世界と同様の構造をしているから、日常世界と同様の情報圧が求められるのである。TDLのエリア「トゥーンタウン」などはそもそも「虚構の世界に入ること」を「テーマ」としているからこれに矛盾するが、「実在しそうな虚構の世界」を作らねばいけないというこじれた事情もある。そのため、再現性を高めるためにハイパーリアルを用いる。

テーマパークでのハイパーリアルについては、TDSのエリア「アメリカンウォーターフロント」がわかりやすい。関東学院大学の新井克弥教授が、著書『ディズニーランドの社会学 脱ディズニー化するTDR』の中でハイパーリアルの説明に同エリアを用いており、以下はそれを引用したものである。

アメリカンウォーターフロントのハイパーリアリティー

TDRはこのようなハイパーリアルに基づいたテーマで構成されている。再びTDSのアメリカンウォーターフロントに戻ろう。前述したように、このエリアの一部は二十世紀初頭のニューヨーク・マンハッタンというテーマ設定になっているが、施設やアトラクションは微妙に年代や事実関係がずれている。

タワー・オブ・テラーは十九世紀末の摩天楼勃興期のデザイン、ブロードウェイ・ミュージックシアターで繰り広げられているショーのビッグバンドビートは一九三〇年代に流行したビッグバンドジャズ。例えば、ミッキーがドラム合戦を繰り広げるが極「シング・シング・シング」は三八年にベニー・グッドマン楽団が流行させたものだ。トイ・ストーリー・マニア!は、ニューヨークを走るトロリー列車の終点にある移動遊園地トイビル・トロリーパークのアトラクションの一つという設定になっているが、ニューヨークの移動遊園地は、どちらかといえばマンハッタンというよりはコニー・アイランドなどニューヨーク近郊のビーチが中心である*1(中略)。レストラン櫻は魚市場を日本人移民が改装してオープンしたシーフード主体の和食レストランだが、ニューヨークで和食がもてはやされるようになるのは八〇年代以降だ。

つまり、こんなニューヨークは当時は実際には存在しなかった。

(以下略)

(新井克弥氏『ディズニーランドの社会学 脱ディズニー化するTDR』青弓社/定価1600円+税より、91~92ページ引用)

これが、テーマパークやり口である。これが出来るのは、「20世紀初頭のニューヨーク」が「パーツ」という謂わば絶対的で具体的なものではなく、あくまで大元として扱われる「テーマ」、抽象的で具現化しないものだからである。

他には、映画的手法を利用した例もある。有名なのは、TDRUSJの一部の建物は、高い位置ほど縮尺が小さくなっていくというものだ。TDLのエリア「ワールドバザール」はアメリカ合衆国ミズーリ州はマーセリンののどかな街並みを再現しているが、一階部分を10として、二階部分を7、三階部分を5(つまり1階の半分)の割合で設計している。これが遠近法を刺激して、実際よりも建物が高く見えるというわけだ。これも「本物よりも本物らしく作る」例と言えるだろう。

その仕組みを利用して、客に見せたい景色を見せるための偽物を意図的に作るというわけだ。「二十世紀初頭のニューヨーク」とか「ゴールドラッシュのカリフォルニア」とかに我々が持つイメージと、実際の当時の状況を鑑みて、その差──情報の質か量かに関わらず──を埋めるために、ハイパーリアルを用いるのである。

 

ズル2:物語を創る

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ソアリン:ファンタスティック・フライトの遺伝構造

さて、テーマパークに於いて、テーマの中にパーツという役割をつくるのには一定の意味がある。具体化したパーツとパーツから新たなストーリーを作り、このストーリーの中に新たなパーツを創作出来るのだ。

 上の図は、TDSのオープンした2001年から約20年を経て、後出しで2019年に登場したアトラクション「ソアリン:ファンタスティック・フライト」を図式化したものである。メディテレーニアンハーバーの舞台となっている20世紀初頭の南ヨーロッパ、とりわけイタリアと、「ソアリン:ファンタスティック・フライト」のストーリーには一見直接重なる点はないように見える。

メディテレーニアンハーバーの丘に建つ博物館、ファンタスティック・フライト・ミュージアム。さまざまな展示物を見ながら館内を巡り、最後に特別展のハイライトである空飛ぶ乗り物、ドリームフライヤーに乗り込むと・・・。

(東京ディズニーリゾート公式ウェブサイト「ソアリン:ファンタスティック・フライト」より)

では、どうしてこのアトラクションをメディテレーニアンハーバーに設置したのか、土地面や資金面を度外視してストーリーの面から考えてみる(その場合、正確には「どうして設置できたのか?」になるか)。

上の図に従って説明すると、先ず、メディテレーニアンハーバーには「S.E.A.」という組織が2001年から存在した。このS.E.A.は、スペインやポルトガル、イタリアなど出身の大航海時代の探検家や、ルネサンスの芸術家や科学者を集めた学会で、南ヨーロッパというテーマをきちんと継承されている。

他方、イタリアの伝統的な即興劇「コンメディア・デッラルテ」をモチーフにしたショー、2001年から06年まで公演した「ポルト・パラディーゾ・ウォーターカーニバル」があった。このショーに於いて用いられる主題歌が「Listen to the Sea」つまり「海の声を聞け」である。海は言葉を持たないため、この言葉は海の言いたいことを悟る・想像することを促すことになる。又、ショー中の台詞では「みなさん、イマジネーションの翼を広げてください、さあ、いっしょに飛び立ちましょう!」と言われている。ポルト・パラディーゾに伝わる伝説の物語がこのエリアには事前に設定されており、そこには「イマジネーション」「想像力」が大きく関わっているのだ。

これらを繋ぐ「物語」によって、共通のテーマを半ば無理矢理作り出すことで、その中に産み落とされたパーツこそが「ファンタスティック・フライト・ミュージアム」なのである。だから、「ソアリン:ファンタスティック・フライト」は直接上流にあるテーマと関係のないストーリーながら、メディテレーニアンハーバーに存在するのである。これは、「ニューヨーク→摩天楼→タワー・オブ・テラー」などのひとつの系の中に位置づけられた施設と異なる趣を持つ。そしてこれこそが、「上流のテーマから逸脱してもいい例外」なのである。上流のテーマと結びつくのは後からでも一向に構わないから。

ちなみに、「ソアリン:ファンタスティック・フライト」はその後独自のテーマを持った。それは「イマジネーションや夢を見る力があれば、時空を超え、どこにでも行くことができる」ということである。

ここからは筆者の主観だが、これは、S.E.A.名誉会員のフェルディナンド・マゼランと彼の艦隊が達成した「世界一周」と、ウォーターカーニバルの台詞とキーワードを総合したものである。「イマジネーションや夢を見る力があれば、時空を超え、どこにでも行くことができる」とは、ファンタスティック・フライト・ミュージアムの館長だったカメリア・ファルコの言葉の引用だが、彼女は「世界中の人と『空が飛びたい』という夢を共有した」と語っている。その夢を叶えるために、彼女は、仲間と共にドリームフライヤーを作った。このドリームフライヤーは、「夢を見る力とイマジネーション」によって飛ぶことができるとされているのだ。これは謂わば、大航海時代ならぬ「大航空時代」に生きた、征服と権益を伴わない純粋な世界一周であり、マゼランに対する最大限のリスペクトなのではなかろうか。

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テーマパークとストーリーの関係

ここで付け加えておくのが、「テーマの遺伝性」とストーリーの関係についてだ。ストーリーのこの際の役割は「テーマの遺伝を強めること」である。

「ソアリン:ファンタスティック・フライト」は、ディズニーが製作する以上「ディズニー」というテーマを、TDSに作る以上「東京ディズニーシー」というテーマを継承しているが、「東京ディズニーシー」から「ソアリン:ファンタスティック・フライト」へ繋がるようでは、些かバトンが短すぎる。つまり、テーマ→パーツ遺伝構造への参入が不十分であり、リアリティがない。そこで、ストーリーという「ズル」──言い換えれば助け舟を使って継承の後手に回り、テーマの継承量を増やすし、リアリティを増すのである。ストーリーを作ることで「ソアリン:ファンタスティック・フライト」に至るまでに通過するテーマとパーツは増えるし、こうすれば後付的に「メディテレーニアンハーバー」というテーマ内に収めることも容易になる。

 

どうして、「テーマ」は「ズル」をするのか?

どうしてテーマパークは「テーマ」を使って「ズル」をするのか、もうお分かりだろう(そろそろこれを「ズル」と呼ぶことに筆者自身も嫌気が差してきたころだが……)。端的に、「情報圧を増やすため」である。

そもそも、再現性を高めるとはどういうことなのかというと、現実世界の法則を、形而上はともかくとして、その体裁だけでも真似るということである。現実世界の「母→子構造」は無限大に続いているから、現実世界と同じ次元に存在するテーマパークには同等のリアリティが求められる。テーマとパーツを分離し、パーツ同士を繋ぎ合わせるストーリーをまた別の要素としてカウントする「テーマパークの遺伝構造」では、ストーリーがテーマを色濃く遺伝するために用いられている。「どうしてパーツの中にパーツを作ってはいけないのか」。それは、パーツ内パーツはハイパーリアルやストーリーの出番を著しく減らし、目先のリアリティだけに拘って全体のバランスを欠いてしまうからである。

従って、テーマパークを筆者は以下のように定義する。

①「テーマ」を「観光施設」に落とし込む段階で、「テーマ→パーツ遺伝構造」を作り出すこと。

②「テーマ→パーツ遺伝構造」を限りなく濃縮し、現実世界の「母→子構造」と同様の構造にすること。

③上記2の目的達成のため、「ストーリー」を作り出して細胞分裂的に「テーマ→パーツ遺伝構造」を作り続けること。

テーマパークを構成する要素は「テーマ」「パーツ」「ストーリー」の三つなのである。 

 

破・テーマパークを楽しむ方法

続いて、テーマパークを楽しむ方法について考えていく。

旅に於ける目的分析

旅行に於いて筆者が最も大切だと考えるのが、旅の目的分析である。

これは、勉強と同様である。大学受験に合格したいのか、特定の資格を取得したいのか、教養を蓄えたいのか、考えたいのか、暗記したいのか、娯楽としてなのか、単に暇を潰したいのか……その目的によって最適な科目や勉強の仕方は変わってくるだろう。

旅の目的分析とは、正に「どうして旅に行くのか見つめなおす」ということである。これを綿密に行える人は余り多くないのではないかと思う。

私は、世の中には二つの旅しか存在しないと考える。

①観光地が目的の旅→旅”を”楽しむ!

例)金閣寺の歴史を知りたい、海底2万マイルに乗りたいなど

②観光地以外が目的の旅→旅”で”楽しむ!

例)友達と卒業旅行に行きたい、彼氏とインスタ映えする写真を撮りたいなど

 

金閣寺のキーホルダー問題」

本ブログでお馴染みの「金閣寺のキーホルダー」問題が、この二つの旅の違いを浮き彫りにしている。今回は、過去の記事より再掲して解説する。

金閣寺のキーホルダー」問題
日本は京都に位置する観光施設もとい文化財として「金閣寺」はあまりにも有名だ。室町時代の建築物の代表例で、観光地としての京都を訪れたなら外すことのできないスポットである。

この金閣寺には、様々なストラップやキーホルダーが販売されている。それだけではなく、京都の観光区域全体でこの「金閣寺」を含む寺院・神社のイメージを強調したお土産展開を行っており、ホテルや旅館に行けば大概見かけるものである。

然し、ここで誤解を恐れずにひとつ問いたい。その問いとは……

 

「正直、金閣寺のキーホルダー、必要? いらなくない?」

 

うん、うん、みんなの言いたいことはわかる、必要だよね、そうだよね。

ただ、筆者が問題にしているのはあくまで「金閣寺のキーホルダーを手元に置いておきたいか否か」ではなく、「手元には置いておきたい」という前提を支える理由である。

私はこれを「金閣寺のキーホルダー問題」と名付けている。

端的に、金閣寺のキーホルダーを手元に置いておく場合、その理由として考えられるのは

金閣寺、キーホルダー、或いはその造詣の何らかに関心がある

②キーホルダーの背景にある「購入者」「購入場所」「購入時期」に関心がある

この二択であり、

第一の理由「金閣寺、キーホルダー、或いはその造詣の何らかに関心がある」とは、正にその通りである。金閣寺のどこかに惹かれていたり、キーホルダーを集める趣味があったり、はたまたキーホルダーの製造会社に興味があったりするかも知れない。この場合「金閣寺」や「キーホルダー」の物品そのものに必要性がある。

第二の理由「キーホルダーの背景にある「購入者」「購入場所」「購入時期」に関心がある」とは、例えば、「友人と旅行に行った際に購入した」とか「旦那が出張先から買ってきた」とか、こうした物体そのものへの関心ではない、その背景に対する必要性を認めるものである。前者なら「思い出」に対する必要性や「友人」に対する必要性、後者なら「旦那」に対する必要性などが認められるだろう。然し、その場合それが「金閣寺」でも「銀閣寺」でも「清水寺」でも「龍」でもいいのであるし、「キーホルダー」でも「ストラップ」でも「タオル」でも「クリアファイル」でも、極論どれでもいいことになる。あくまで「物品の背景に関心が認められる」場合に於いての話だが。

こうしてみてみると「「キーホルダー」が欲しい」ことは必ずしも条件でないことがわかる。ちなみに「キーホルダーが欲しい」という理由の場合も、「金閣寺」である必要性は存在しない。「キーホルダーが欲しい」という理由を後押しするのが①②のいずれかであると解釈が可能だからだ。

tamifuru-d777.hatenablog.com

 

「ディズニーに行くと別れる」問題の別解を考える

「ディズニーに行くと別れる」という話を聞いたことがあるだろうか。一般的にこの問題については「待ち時間が長く、パートナーの本性を垣間見るから」「待ち時間が長く、話が続かないから」などと、その混雑度に結び付けられることが多いが、他の理由を考えることも出来るのではなかろうか? 今回は数ある理由の中の一種として、旅の二種類の分類から考えてみる。

この場合、彼氏と彼女それぞれが「パートナーと乗りたいアトラクション」と「乗りたいアトラクション」を混同していて、一緒くたに伝えてしまうことが問題なのではないだろうか。

例えば、待ち時間が140分のアトラクション「センター・オブ・ジ・アース」に乗る場合。彼女はこれに「乗りたい」とする。つまり、彼女はアトラクション”を”楽しみたい。彼氏はこれに「彼女と乗りたい」とする。つまり、彼氏はアトラクション”で”楽しみたいのであって、あくまで第一にあるのは”彼女”である。こういう状況では、彼女にとって「センター・オブ・ジ・アース」は代えの効かない絶対的なアトラクションであるが、彼氏は彼女と乗ることができるやや同質のアトラクションがあればそれに鞍替えしたい。丁度、「タワー・オブ・テラー」は90分待ちだそうだ。彼氏が、アトラクションに並ぶのを渋り、「タワテラでいいんじゃないか」などと言い出す。「え、でも朝はセンター乗りたいって言ってたじゃん」と彼女。彼氏はセンターに乗りたいのではなく、彼女とスリルライドに乗れればそれで充分なので、待ち時間の短い方が有難い。然し、往々にして、この二つの「乗りたい」の違いは明るみに出ないものだ。

結果的に、隠れた優先順位の違いから無意識のうちにすれ違いが起き、険悪に成っていく。旅に於いて、目的を明確化することは、このような事態をなんとしてでも避け、後続の予定を建設する場合でも同じ机で行うための方策である。これが何よりも重要である。

 

急・テーマパークに行くな、テーマパークに“組み込まれろ”!

それでは、序と破の章の内容を受けて、筆者の考えるテーマパークの楽しみ方を文章化、紹介しよう。

それはずばり、表題で示している通り「テーマパークに“組み込まれろ”!」である。

 

テーマパークの本質

本文で定義したテーマパークは、①テーマを打ち立て、②テーマ→パーツ遺伝構造を極力濃縮して生産し、③観光施設として現出するものであった。そして、本文ではとりわけ②テーマ→パーツ遺伝構造について触れた。

 

テーマパークに行くということ

テーマパークに行くとは、ここではどういうことを指しているのか。

テーマパークに行くという行為は、言わばテーマパークの遺伝構造の中から解脱した状態である。テーマパーク、テーマ、パーツ、ストーリーをある種俯瞰している状態で、それではどれだけ素晴らしいものも単なる置物にしか見えない。無論、それが悪いというわけではないが、それだけでは勿体無い。

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テーマパークに行く行為の図解(TDLの場合)

テーマパークに組み込まれるということ

テーマパークに組み込まれるというのは、もう皆様もお察しだろう。テーマパークを構成する「テーマ→パーツ遺伝構造」の中に「組み込まれる」のである。然し、その上で重要なのが「目的の明確化」である。

何度も登場しているTDLを例にとる。

TDLというテーマに「組み込まれる」場合、テーマパークというコンセプトそれ自体や、夢と魔法の王国というモットー、ファミリーエンターテイメントといった理念を背負う。その中に身を置くことで自ずと楽しみ方が見えてくるはずだ。友達や家族と楽しむ場合、大概はTDLというテーマに属している。カチューシャやイヤーハットといったグッズ、チュロスやポップコーン、ターキーレッグなどの簡易フードメニューは、そうしたテーマの中に存在するものだ。

又、考えられるのはTDL内のパーツ「ウエスタンランド」をテーマ化してここに「組み込まれる」パターンである。その場合、「ウエスタン」というテーマを追加で継承することになり、時代に即した格好や振る舞いをして楽しんだり、時代を再現したメニューを楽しんだり……ということができる。ここで大事なのは、組み込まれるべきは「ウエスタンランド」というあくまで「テーマ」であって、TDLに続く「パーツ」としての「ウエスタンランド」ではないということだ。「パーツ」に組み込まれることは限りなく難しく、パーツ内パーツ現象を引き起こせば楽しみ方は殆ど制限されてしまう(「ウエスタンランド」ならばスマホ禁止、カメラ禁止、日本人ダメ、拳銃所持、訛った方言英語、決闘、酒、1850年代当時の服を着て……)。

ともかく、一定のテーマに「組み込まれる」ことで、人々は自分のポイントを理解し、ゆるやかに制限された中で自由に振舞うことが出来る。テーマパークを楽しむのならば、「組み込まれる」のが一番だ。

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テーマパークに組み込まれる行為の図解

ところで、テーマに組み込まれることの利点はもうひとつある。それは、自分と誰か、自分のものと誰かのもの、自分の思い出と誰かの思い出、別の系にいるものを「ストーリー」で繋いで新たなパーツを生み出し、それを楽しむことができる点だ。

以前、こういうことがあった。

筆者はTDSメディテレーニアンハーバー、それもザンビーニ・ブラザーズ・リストランテのテーマを継承していた。筆者はワークキャップを被り、白いシャツとスラックスに大きな鞄を持って、大層な生活は出来ない労働者層の一般イタリア人であった。ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテのテラス席のうち一方は、天上に葡萄の蔦が屋根を作っていた。その下で仄かな夕焼けを浴びながら、グレープジュースと共にピザを食べることができた。ふと、テラスから外を眺めると、そこにはファンタスティック・フライト・ミュージアムが建っていた。カメリア・ファルコ生誕100年の特別展示の真っ最中である。そこに、沢山の人が入っていく──彼らは単に、TDSというテーマを継承している、私よりも上流に組み込まれた人らなのだが、私は彼らを見ながら感傷的になったものだ。メディテレーニアンハーバーにはこれだけ沢山の人がやってくるのだ。私から一方的にではあるが、彼らと私の間にはストーリーが生まれていたのである。

テーマパークの遺伝構造の中を網目状に繋がるストーリーは、来訪者自身が生み出すことも出来るのである。これこそ正に、私が提案するテーマパークの楽しみ方「テーマパークに“組み込まれろ”!」である。

 

おわりに

新型コロナウイルスの影響で休園を余儀なくされたテーマパークは数多い。人と人の触れ合いがない期間が続くが、なんだかテーマパークらしくない気もするものだ。

本文執筆に当たっては、執筆中に二転三転した思考回路の整理に追われ文章が煩雑になった。『テーマパークに行くな、テーマパークに“組み込まれろ”!』というテーマから生まれた様々なパーツが、またいつかこのブログでテーマとして現れる日があれば、次はもっと綺麗に書けるようリベンジしたいものだ。

*1:ブログ筆者注:トイビル・トロリーパークが移動遊園地というのは公式に記述がない噂。

東京に新たに「カリブとホンテ」を作れるか

アトラクション「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」が、実は多数の共通点を持つ「双子」だということはご存知だろうか?

今回は、東京ディズニーランドのオープン当初から人気を博してきたアトラクションであるこのふたつにある共通点を洗い出し、その魅力に迫る。そして、唯二無三として君臨するこのふたつの人気アトラクションに代わる新たなアトラクションは登場するのかについて考えていきたい。

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「ディズニーランドのシンボル」とは何か?

東京ディズニーランドのコンセプトアイコン、言わばパークの中央に位置するマスコットといえば、本来は「シンデレラ城」である。但し、シンボルと言えば別である。

ここで言うシンボルとは、パーク内で定期的に取り上げられる施設のことである。

東京ディズニーランドのエントランスで「カリブの海賊」から「Yo Ho」の曲が流れている。又、2020年からは「ホーンテッドマンション」の「Grim Grinning Ghost」という曲も流れ始めた。「Yo Ho」の方が流れていた期間は長いわけだが、「ホーンテッドマンション」はディズニー・ファストパス対象の人気アトラクションだ。

2018年七月にスタートした、東京ディズニーリゾート35周年のキャッスルプロジェクションショー「Celebrate! Tokyo Disneyland」でも、「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」は取り上げられた。二つは、パーク内のいたるところでその影響を見ることが出来るようだ。

次に、アトラクションが実際にシンボルに成り得るかを検証してみる。

東京ディズニーランドオープン当初から存在する幾つかのアトラクションの、Googleで表示できる記事数を記録した。この点から、ある程度年数の積み上げが起こっていて且つ話題性のあるものを抽出する。

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Googleでの検索数

ホーンテッドマンション」のあるファンタジーランドでは、「アリスのティーパーティー」と「白雪姫と七人の小人」が先駆けていて、それに次いで「ホーンテッドマンション」がランクインした。その後、「ピーターパン空の旅」「イッツ・ア・スモールワールド」「空飛ぶダンボ」「ピノキオの冒険旅行」があとに続くような結果になった。

カリブの海賊」のあるアドベンチャーランドでは、映画でも話題の「ジャングル・クルーズ」が最も多く、「カリブの海賊」は二番手。その後に「ウエスタンリバー鉄道」「魅惑のチキルーム」が並んだ。

然し、「アリスのティーパーティー」や「白雪姫と七人の小人」はそれぞれ『不思議の国のアリス』『白雪姫』というディズニーの人気映画を原作としていて、ここには「東京ディズニーランドのシンボル」以上に「ディズニーのシンボル」としての側面を垣間見ることが出来る。

東京ディズニーランドのシンボル」とするならば、ある程度「東京ディズニーランドとしての独自性」が認められなければいけないと私は考えた。そこで、「ディズニー映画を原作にしないもの」のみを抜き出したものが次だ。

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色がついているのが「パークオリジナルのアトラクション」

こうしてみると、映画の話題性に依らないアトラクションとしての「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」が際立つ。そして、その中でも屈指の人気を誇るという点が、この二つのアトラクションが「東京ディズニーランドのシンボル」と呼べる所以なのだ。

 

 

 

カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」のシステムが凄い!

次いで、「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」のシステムについて紹介していきたい。これらのアトラクションは、ディズニーランド建設時の様々な事情を鑑みて建設され、そこに様々な色付けを行っている。

最大の問題点は「ディズニーランド鉄道」

「ディズニーランド鉄道」は、東京では「ウエスタンリバー鉄道」に当たる。東京と違って、「ディズニーランド鉄道」がパークの外周を走るものであることは有名だ。「カリブの海賊」や「ホーンテッドマンション」のように広大な敷地を利用するアトラクションの建設に当たっては、①入り口はパークの中、②鉄道の線路を潜り、③アトラクション本体はパークの外、という構造が望ましい。

カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」は、「ディズニーランド鉄道を潜るシステム上の需要」「ストーリー上の需要」そして「アトラクションの魅力を増すための演出上の需要」の三つを満たす演出を考案した。

カリブの海賊」では、有名な滝壷を落下するシーンが登場した。あのシーンでは、「ディズニーランド鉄道を潜り」地下一階にライドを建設する「システム上の需要」、船着場を出発したゲストが海賊達が活躍していた時代へとタイムスリップする「ストーリー上の需要」、一階建ての平屋を組むだけで地下一階+一階で二階建て分の高さを確保できる「演出上の需要」を満たした。

ホーンテッドマンション」では、絵画が伸びる部屋のプレショー(前説)が設置された。「ディズニーランド鉄道を潜り」地下一階にライドを建設する「システム上の需要」は同じく、象徴的な怪奇現象の後にゴーストホストの首吊り死体を目撃する「ストーリー上の需要」、階段を上がる描写を入れたり、裏庭の墓場のシーンで高さを演出することが出来る「演出上の需要」を満たした。

日本では鉄道を潜る必要こそないものの、演出自体は残されていて、「ストーリー上の需要」もとい「演出上の需要」を満たすことが出来ている。

 

カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」の生まれ

東京ディズニーランドのシンボル」である「カリブの海賊」「ホーンテッドマンション」は、如何にして登場したのだろうか。今回は、アメリカ合衆国カリフォルニア州にはじめて2つが生まれる経緯から、東京に輸入した歴史、そしてその後を紹介したい。

 

時代はディズニーランドのオープンに遡る……。

そもそも、「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」は、前者が1950年代前半、後者が50年代後半から企画をスタートしていた。アメリカ合衆国カリフォルニア州に最初のディズニーランドが出来たのは1955年であるから、オープン前後の時期である。

当初、「カリブの海賊」も「ホーンテッドマンション」も、ウォークスルータイプのアトラクションが考案されていた。「カリブの海賊」は不気味な蝋人形館として、「ホーンテッドマンション」は「ホーンテッド・ハウス」という名前でファンタジーランドへの建設が企画された。

このふたつを精巧かつ成功なアトラクションへと発展させたのは、次のふたつの出来事だった。

ひとつめは1957年、ウォルトが従来の五つのテーマランドに加えて、新たに六つめのテーマランドを企画することに決めたことだ。それが、ニューオーリンズ・スクエアである。ニューオーリンズアメリカ合衆国ルイジアナ州にある都市のことで、19世紀にフランス領から独立、アメリカ合衆国の州に名を連ねることになった。ニューオーリンズ・スクエアは正にその19世紀のニューオーリンズがモデルとなっていた。そこで、「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」はここに建設することが決定した。

先ず、「カリブの海賊」の舞台であるカリブ海に、ニューオーリンズは面している。「ホーンテッドマンション」は、外観をニューオーリンズ風にイメージし直すことで対応できた。

ふたつめは1964年のニューヨーク万国博覧会と、それにまつわる準備だ。当時、パビリオン設置を依頼されたディズニーは、四つの魅力的なアトラクションを生んだ。「カルーセル・オブ・プログレス」「イッツ・ア・スモールワールド」「リンカーン大統領と共に」「マジック・スカイウェイ」である。

この四つのアトラクションが「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」の育ての親であり、その成長に大きく影響を与え、尽力もした。

イッツ・ア・スモールワールド」で登場した画期的で効率のいいボートライドのシステムは、「カリブの海賊」でも遺憾なく発揮された。「イッツ・ア・スモールワールド」の特徴である音楽が常に途切れず、反響し過ぎないようにする技術も、人気の曲「Yo Ho」に応用されたかもしれない。

ホーンテッドマンション」のライドシステムは「オムニムーバー」だ。これは、ベルトコンベヤの上に椅子を載せた形で、効率よく人を乗せることが出来る。「マジック・スカイウェイ」が原型である。

イッツ・ア・スモールワールド」や「カルーセル・オブ・プログレス」ではそれぞれ「小さな世界」と「There's a great big beautiful tomorrow」などの曲がアトラクションのために作曲された。「カリブの海賊」に「Yo Ho」が、「ホーンテッドマンション」に「Grim Grinning Ghost」が作曲されたのはその影響を汲んでのことかもしれない。

又、何より面白いのは「魅惑のチキルーム」を源流にし、「カルーセル・オブ・プログレス」や「リンカーン大統領と共に」を期に発展した「オーディオ・アニマトロニクス」である。オーディオ(音)、アニメーション(動き)、エレクトロニクス(電気)を組み合わせた造語で、ロボットをエンターテイメントに使うという当時としては異様な発想のものだった。演者の動きを記録してロボットに再現させ、その「動き」と「音」を同期するという代物である。言わずもがな、「カリブの海賊」の海賊たちや「ホーンテッドマンション」のゴーストたちの多くはこの技術が使用された。

先にパークに顔見せしたのは「カリブの海賊」だった。オープンした1967年の前年冬、ウォルト・ディズニーが亡くなっている。「ホーンテッドマンション」はその二年後の1969年に満を持してオープンした。この二つは、ウォルトの遺作アトラクションであるという点でも共通しているかもしれない。

 

東京にやってきた

1983年、アメリカ合衆国外初のディズニーパークこと東京ディズニーランドがオープンした。日本の会社オリエンタルランドがディズニーと協議して進めたこの計画では、パークオープン当初から「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」が設置されている。その点で気にされていたのは日本向けのローカライズである。

東京ディズニーランドニューオーリンズ・スクエアは設置しないことになっていた。そのため、「カリブの海賊」はアドベンチャーランドに設置された。また、その隣にはロイヤルストリートというサブエリアが用意され、これはニューオーリンズをモデルにしている。

ホーンテッドマンション」は事情が複雑だ。本来はウエスタンランドに設置することになっていた。然し、1979年──東京ディズニーランドのオープンの④年前──、期待の新入生こと「ビッグサンダー・マウンテン」がアメリカに登場し、オリエンタルランドは面食らった。これをなんとしても東京ディズニーランドに設置したいと考えたため、「ホーンテッドマンション」はウエスタンランド設置計画を挫かれたのである(現在の「ビッグサンダー・マウンテン」の位置に「ホーンテッドマンション」が建っていたらと想像してみると面白い!)。その後、「日本に於いて、幽霊は御伽噺だ」ということでファンタジーランドに設置されたのだ(前の項目の事情を踏まえれば「帰ってきた」とも言える)。

ホーンテッドマンション」では更に、アトラクションの部屋のシステムが一部変更になっただけでなく、日本に於いて低音に恐怖を感じる人が多いという点から、屋敷の中で流れる「Grim Grinning Ghost」のキーが下がったりもした。

 

その後の展開

 2003年、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』と『ホーンテッドマンション』の両映画が公開される。両者人気作品となり、とりわけ前者は2020年現在五作品が出ていて、六作目の企画も持ち上がっている。

 

「カリブとホンテ」を作る

ここで、本記事に於ける「カリブとホンテ」を定義する。

カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」こと「カリブとホンテ」は

①パークのシンボルになる

②システム/ストーリー/演出上の需要を満たす

③歴史的な転換点になる

の三点を満たしているということにする。

 

①パークのシンボルになる

「パークのシンボルになる」とは、「パークオリジナルのアトラクション」且つ「皆から愛されている」ものだと考えていた。

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現在のアトラクションで表を作り直す

 こうしてみてみると、東京ディズニーシーの「タワー・オブ・テラー」などでは「ホーンテッドマンション」に代替しきれないことがよくわかる。意外にも情報の多かったのは「レイジング・スピリッツ」であった。

東京ディズニーランドについては、スペース/ビッグサンダー/スプラッシュ・マウンテンのいわゆる「三大マウンテン」が他を圧倒しているようだ。

「Celebrate! Tokyo Disneyland」では、「ビッグサンダー・マウンテン」と「スプラッシュ・マウンテン」がフィーチャーされていた。又、2008年迄公演した「ディズニー・ドリームス・オン・パレード」では、「ビッグサンダー・マウンテン」を模したフローとが登場していることからも、これらの人気とシンボル性がわかる。

更に、以下のサイトで、「ビッグサンダー・マウンテン」は2位、「スプラッシュ・マウンテン」は4位の高評価だ。「スペース・マウンテン」の18位はあるが、Googleが表示できる異様な記事数を見るとその差は埋めようがない。

(尚、「スプラッシュ・マウンテン」の原作はディズニー映画『南部の唄』だが、その存在が人口に膾炙しておらず、現在視聴できる状況にないため特別に扱っている)

tdrnavi.jp

東京ディズニーシーについてみてみると事情は複雑だ。

話題性と人気を兼ね備えたアトラクションの登場は、後世に評価を仰がなければいけないかもしれない。「レイジング・スピリッツ」は14位につけている。

tdrnavi.jp

 

②システム/ストーリー/演出上の需要を満たす画期的表現

話は「ビッグサンダー・マウンテン」「スプラッシュ・マウンテン」へと移る。

各国設置時にローカライズされている「ビッグサンダー・マウンテン」だが、これら三つを「同時に」満たす演出があるかと言われると些か首を傾げざるを得ない。少なくとも現時点で、コースレイアウトやキューエリアに於ける特別なポイントは見当たらない。

強いて言うならば三度目の巻き上げか。①ジェットコースターとして巻上げを行うシステム上の需要、②ダイナマイトで無理に採掘を行う様子を見せるストーリー上の需要、③巻き上げがマンネリ化しないようにする演出上の需要がある。然し、東京ではこの演出は行われていない。

スプラッシュ・マウンテン」には面白いシーンがある。それは待機列である。

東京版の「スプラッシュ・マウンテン」は、アメリカ合衆国内の「スプラッシュ・マウンテン」の山小屋モデルのものと異なって、洞窟がモチーフとなった屋内待機列だ。①雨天時も屋内にゲストを収容できるようにするシステム上の需要、②スプラッシュ・マウンテンという山が洞窟に水が満ちてできたものだと示すストーリー上の需要、③アトラクションの水路を都合よく設置するべく乗り場の高さにゲストを移動させる演出上の需要にこたえている。

 

③歴史的な転換点になる

東京ディズニーランド内で初めての濡れるアトラクション、初めてのライドフォトを撮影するアトラクションであった。濡れるアトラクションとして唯一無二でありながら、ライドフォトは東京ディズニーランド・シー内の多くのアトラクションに波及した。

東京ディズニーランドで初めて登場した新規エリア「クリッターカントリー」に設置された。その後には新規エリア「トゥーンタウン」が登場するなどの先駆けになった。

 

新たに「カリブとホンテ」を作れるか?

このように見てみると、「ビッグサンダー・マウンテン」はポスト東京ディズニーランドとして見事なアトラクションかもしれない。又、「スプラッシュ・マウンテン」は正に「カリブとホンテ」に代替出来るかもしれない。無論、「スプラッシュ・マウンテン」は映画『南部の唄』の世間的イメージには配慮していないが……。

では、続いては、

①パークのシンボルになる

②システム/ストーリー/演出上の需要を満たす画期的表現がある

③歴史の転換点になる

の三点から、今後生まれる「カリブとホンテ」を考えてみたい。

 

実は最もハードルの高いポイント

ビッグサンダー・マウンテン」では、②を満たすことが出来ないでいた。そういうわけで私はポスト「カリブとホンテ」と呼んだ。①と②と③では、どれが最もクリアの難しいポイントだろうか?

私はやはり①であると思う。何故なら、②③はディズニー側のデザインでクリアの可能なポイントであるのに対して、①はゲストの需要と強い相関があるからだ。

一つ目に、「パークのシンボルとして皆から愛される」ということ。特に東京ディズニーシーについては、オープンからまだ20年を数えておらず歴史が浅い。「タワテラとソアリン」、つまり「タワー・オブ・テラー」と「ソアリン・ファンタスティック・フライト」はどうだろうか。

②ではそれぞれが面白いシステムを持っていると思う。③では、「主人のいない館を探索し、過去の真実を知る」という東京ディズニーシー内でも目立つストーリーを持ち、「海外パークのアトラクションを日本風にして持ち込む」という点でも高評価できる。だが、肝心の①については浅い歴史からまだ浸透していない感がある。それは、上で示した表にも明らかだ。

第二に、「パークのオリジナルである」ということも難しくなっている。

2013年に香港ディズニーランドに登場したアトラクション「ミスティック・マナー」以降、新たに登場した「ディズニー映画を原作にしないアトラクション」は十個あり、そのうち七つは2016年に上海ディズニーランドがオープンするのに際して登場したものである。

現在、ディズニーはピクサー、マーベルスタジオ、スター・ウォーズ20世紀FOXを吸収し強大なエンタメ帝国を築いており、世界のディズニーパークでは「ディズニーの代表」をいとも作ることが出来る。事実、「スター・ウォーズ:ライズ・オブ・ザ・レジスタンス」などのアトラクションは多様な需要にこたえる演出や、歴史の転換点となるような特徴を持ち合わせている。然し、それは「ディズニーのシンボル」に過ぎない。「ディズニーパークのシンボル」となり得る、皆に愛される新たなアトラクションというのは減少傾向にあるのだ。

若しかしたら、「カリブの海賊」「ホーンテッドマンション」のようなアトラクションは登場しないかもしれない。

 

おわりに

今回の記事では「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」を分析しながら、第二の「カリブとホンテ」を作ることが出来るかについて検証してきた。「ジャングルクルーズ」「ビッグサンダー・マウンテン」「スペース・マウンテン」など、これまで登場してきたディズニーパークの人気アトラクションは、ディズニー映画のイメージに頼らずとも自らの領分を開発してきた。

これからの未来、「ディズニーパークのシンボル」として新たなアトラクションが定着するかどうかに期待が寄せられる。

【ディズニーBGS】バックグラウンドストーリーを勉強する方法

筆者・TamifuruDはTwitterにてよく「ディズニーのバックグラウンドストーリーはどうやって勉強したんですか?」などと聞かれることが多い。確かに、Twitterではよくバックグラウンドストーリー(Back Ground Story/以下BGS)を発信しているので、その文脈での質問はとても嬉しい。

で、肝心なのは「実際問題どういう風に勉強しているのか?」だと思うが、これをきちんと文章化しておこうというのが今回の記事である。

 

 

はじめに

予め書いておくと、BGSの勉強の仕方にルールは全くない。寧ろ、勉強したい時に勉強したいようにやればいいと思う。然しながら、インターネットで調べると「ディズニーのBGS」は大量にシェアされているが「ディズニーのBGSの勉強の仕方」はインターネット上にサンプル数0と言っても過言ではない。計算ドリルだけでは計算の仕方がじゅうぶん説明されていないように、意気込んでBGSに詳しくなろうというときに、教科書が一切ない状態からでははじめられないのだと思う。

だから、本記事は「むりやり」「無限のうちたった一パターン」を「体系化」することを目的としている。あなたのまわりの友人が全く別の方法でBGSと知り合ったならば、是非ともその方法もトライしてみて欲しい。

 

[Level.01] BGS勉強の3ステップ

BGS勉強法として、簡潔にみっつに絞ってみた。

①パークの全体像を把握する

②興味のあるエリアを設定

③パークの全体像を作り上げる

 

①パークの全体像を把握する

必要なのは、テーマパークの全体像をイメージすることである。

東京ディズニーランド・シーは、綿密な「テーマの入れ子構造」で出来ていることを意識して欲しい。

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アトラクション「カリブの海賊」の全体像

東京ディズニーランドの持つ「夢と魔法の王国」というテーマの中に「アドベンチャーランド」、つまり冒険や発見の世界がある。その中に「カリブの海賊」が内包されていて、そのアトラクションにまつわる地図や絵、キャラクターが登場するわけである。

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アトラクション「タワー・オブ・テラー」の全体像

東京ディズニーシーならば、「冒険とイマジネーションの海」。その中に、20世紀初頭のアメリ東海岸アメリカンウォーターフロント」がある。その中に「タワー・オブ・テラー」という恐怖のホテルがあり、そのオーナー「ハリソン・ハイタワー三世」という人物が登場する。このように、各施設がどの入れ子の中にあるのかを常に意識することが必要だと思う。

 

重要なのは、あくまで「こうした構造になっているんだ」と理解していただくことだ。

 

②興味のあるエリアを設定する。

はじめに、興味のあるエリアを設定していく。ひとつのテーマエリア・ポートに集中して情報を集めることで、ベン図の中で重なる部分が必ず現れる。

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メディテレーニアンハーバー」の例

この図では、東京ディズニーシー、20世紀初頭の南ヨーロッパメディテレーニアンハーバー」を例にとる。

「ソアリン:ファンタスティック・フライト」の舞台はファンタスティック・フライト・ミュージアムだがこの博物館のある土地の地権者はザンビーニ家。ザンビーニ家の三兄弟が運営するレストランが「ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ」である。つまり、「ソアリン~」なり「ザンビーニ~」なりのうち片方を調べていると、必然的にもうひとつの施設について知る必要が出てくるということである。

興味のあるエリアに絞って意欲的に調べつつ、それ以外のエリアもちまちまと知識を集積させていく。後述する「パークの全体像をつくりあげる」に至らなくてもよいから、ばらばらの知識を持っているだけでもいいだろう。そのエリアに興味を持ったときにすぐにとりかかれる。ベン図をつくりテーマの入れ子の中に位置づける知識と、そうでない知識があってもいいのだ。

 

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入れ子にいれないアソート知識があってもいい

因みに、BGSの入門に向いたテーマエリアは、東京ディズニーシーの「ミステリアスアイランド」であると私は思う。

【ミステリアスアイランドを調べる利点】

  1. SF作家ジュール・ベルヌの小説『海底二万里』『地底旅行』『神秘の島』、とりわけ『海底二万里』をディズニーが映画化した『海底二万哩』がモデルとなっていて、ディズニーの事前知識がなくても入りやすい。因みに、これらはミステリアスアイランドの前日譚にあたる。
  2. 各施設の結びつきが弱いので、独立して調べ進められ、ゲームでいう「詰む」状態になり辛い。キーワードは「ネモ船長」「ノーチラス号」など。
  3. 日本語と英語だけで一定のレベルまで知識が手に入る*1。因みに、一部フランス語も必要な場合がある。
  4. 筆者はミスアイがだいすきだからいつでも情報シェアがしたい!!

 

③パークの全体像を作り上げる

手持ちのデータを使って、それぞれを結び合わせてみよう。

基本的に、②と③を交互に繰り返す。②で決めたテーマエリアは飽きたら変えてもいいし、しばらくして興味が湧いてきたらまた戻ってもいい。ただ、一度決めると自分のホームになってなかなか離れられなくなるものだ。

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ロストリバーデルタで一枚

例えば、この画像。1930年代の中央アメリカこと「ロストリバーデルタ」だが、よくみるとあて先はアメリカ合衆国のニューヨーク、そして"HIGHTOWER"の文字が。ここで「ロストリバーデルタ」と「タワー・オブ・テラー」が繋がった。点と点を結び合わせると線が出来る。人と人を結びつけるには物語が必要だ! 「どうしてここにハイタワーの文字が?」「いつこの木箱は移送されるの?」「どうやってこの木箱は移送されるの?」など、5W1Hをベースに考えを巡らせよう。

その結果「タワー・オブ・テラー」には、ロストリバーデルタのアトラクション「レイジング・スピリッツ」を訪れているハイタワー三世の壁画があることがわかった。つまり、いつかのタイミングで、彼はロストリバーデルタを訪れていたらしい。それと関係があるのだろうか? 又、ロストリバーデルタには「ディズニーシー・トランジット・スチーマーライン」が通っている。これで輸送をするつもりなのだろうか?またひとつの施設が結びついてきた。

このように、「ベン図を重ねる」作業を以て、ストーリーを発見・推測していくのが主となる。

 

[Level.02] BGSの情報の正確性について

BGSについて知ったら、まわりに話したくなるよね!

でも、万が一何かあったら、その情報が間違っている可能性もある。

東京ディズニーリゾート公式のガイドブックは、Disney in Pocketというシリーズ名で講談社が出版している。また、公式ホームページでもBGSが紹介されている。これらは、”一応”公式の情報ということになっている。

然し、「公式の情報」が存在していても、「公式が紹介してくれる情報」は微々たる物で、その情報はゲストが発掘するべきだというスタンスがとられていることが多い。そのため、ファン達が勝手に考察してでっちあげているBGSも沢山ある。また、キャストの方々がその場を盛り上げるために噂話として口にするBGSもある。こうしたものは込み入ったマニアックなストーリーが多いが、一方で正確な情報か否かが心配されるところだ。

勿論、楽しければそれでよしという考え方はとても素晴らしいと思うが、もしBGSの正確性に興味や心配があるならば、

  1. パーク内のプロップス(小物)などから直接情報を得る
  2. 公式ホームページで確認
  3. 複数のキャストに尋ねてみる

などの方法が有効だ。非公式の情報はマニアックで込み入っているが、正確性に欠ける。そこに、公式の一事情報で裏付けをとるのである。はじめからパーク内の英文などを読んで情報を得るのも有効だが、ハードルはやや高いので、一度非公式の情報でもその下地をつくっておくと、すんなり正確な情報が入って気安い。

 

[Level 03] BGSの種類

BGSには、明確ではないもののこのどちらかに属すると思ったほうがいい。

①ディズニーのストーリー

②実在した史実・文化

一方を理解するためにもう一方が必要になることが多い。

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カリブの海賊」に飾られた地図

アトラクション「カリブの海賊」の待機列に飾られた地図。この地図のBGSが気になる。画像の右下に"America"と出ているし、地図の中心にはアメリカ大陸があるから、これはアメリカの地図なのだとわかる。では「どうしてアメリカの地図がこんなところにあるのか?」

カリブの海賊」のカリブとはカリブ海のことである。Pirates of the Caribbeanも、Caribbean Seaから来ている。北アメリカと南アメリカを結ぶ細い陸と、数々の島に囲まれた部分こそカリブ海なのである。そのため、ここにアメリカの地図が飾られているのだ。

又、この地図をよくみると人魚などが描かれている。伝説上の実在しない生き物が「いるもの」として描かれるのは、過去の地図の特徴だ。

 現代のように測量技術や衛星写真などがない時代に、世界中の人々がありもしない国や島の地図を信じてしまったのは理解できる。逆に気になったのは「なぜ、幻の島や国が勝手に生み出されたのか?」だ。誰かが間違えなければ、誰かが捏造しなければ「幻の世界」など生まれないのだ。

 読み進めていくと、「幻の世界地図」の成立には、いくつかのパターンがあり、いくつかの要因原因があることがわかる。「神話や伝説、伝承、宗教観」「ここに道や川があったら便利だなという希望の図案化」「金や名誉のための捏造」…分析はキリがないが、極端に言ってしまえば——ウソと妄想——これが「幻の世界」を生み出したのである。

(以下のリンクより)

ddnavi.com

 このとき、「カリブの海賊」というディズニーが描いた物語を描くためには、「カリブ海」という「実際の地理」を知る必要があり、「地図」というものの「歴史」を知る必要があるのだ。それ以前に、「カリブの海賊」即ち「カリブ海に海賊が現れ大暴れする」という物語すら、実際の歴史に基づくものとなっている。

ja.wikipedia.org

このように、ディズニーが創作した設定を理解するためには実際の史実知識が必要になるというのは、当たり前のようで再確認しなければいけない事項だ。パーク内の様々なストーリーは「創作なのか」「史実なのか」「史実に明らかなモデルのある創作なのか」を区分けしていくことで、情報を整理することが出来る。

 

[Level.04] 点と線と背景を捉える

物語は、点と線と背景で出来ている。

例えば、「タワー・オブ・テラー」を例に挙げてみよう。

ここでいう点とは、登場キャラクターのことだ。例えば、ハリソン・ハイタワー三世やシリキ・ウトゥンドゥである。そして、この二点を結ぶのが線である。ハリソン・ハイタワー三世からシリキ・ウトゥンドゥに「コンゴ遠征で手に入れた」という線が延びている。そして、シリキ・ウトゥンドゥから三世には「呪う」という線がある。注目すべきは、この前後で関係性が変化しているということだ。

一方で、関係性が変化していないものは背景と考える。ハリソン・ハイタワー三世にはスメルディングという助手(召使)がいたが、この関係は一貫して変化しない。また、ホテルの名称も、ホテル・ハイタワーから変化していないが、追って「タワー・オブ・テラー」となる。

このように、ビジュアル的にBGSを捕捉していくことが、非常に重要になってくる。それが「人物や物事=点」なのか「事件や行動=線」なのか、「レッテルや事情=背景」なのかを意識すると、ストーリーが捉えやすい。

物語の起点になるのが点であり、点が線をつくり、線によって背景は分断されていくのだ。

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タワー・オブ・テラー」の点と線、そして背景

上の図では、○で示されているのが点(人物・重要なモノ)、矢印で書かれているのが線(行為・事件)、カラーの枠が背景(#で属性が示されていて、青はホテルの名称、赤はホテルの管理者)である。

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タワー・オブ・テラー」の点と線、そして背景(2)

上では、○が点(人物・重要なもの)、矢印が線(行動・事件)、青で囲まれているのが背景(人間関係)である。

 

まとめ

いかがだっただろうか?

冒頭にも述べたとおり、上に記載しているのはあくまで「無限の中の一パターン」であるが、今回は私の頭の中のBGSの勉強の仕方を無理やり文章化してみた。

この記事を最後まで読んでくださったあなたへ、ようこそ、BGSの沼へ──

 

[Level.0] 参考になる情報源

今回は各ページの「カリブの海賊」「タワー・オブ・テラー」の部分を一部紹介してみよう。

 

1.東京ディズニーリゾート・オフィシャルウェブサイト

www.tokyodisneyresort.jp

じっくりと読んでみると面白い。各施設の骨組みがよくわかる。

冒険とスリルに満ちた船旅に出発!そこにはキャプテン・ジャック・スパロウも。
ボートの上を飛びかう砲弾、巻き上がる水しぶき、怒鳴りあう海賊たちの荒々しい声。何度体験しても、いつも初めて味わうような興奮につつまれる大迫力のアトラクションといえば「カリブの海賊」。ディズニー映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のキャプテン・ジャック・スパロウら映画のユニークなキャラクターたちも登場。想像力の粋を結集したこの傑作を知らずに、アドベンチャーの世界は語れない。

(以下のリンクより)

【公式】カリブの海賊|東京ディズニーランド|東京ディズニーリゾート

 

エレベーターに乗って最上階へ。恐怖の体験が待ち受けているとも知らず…。
時は1912年のニューヨーク。1899年に起きたオーナーの謎の失踪事件以来、恐怖のホテルと呼ばれるようになった「タワー・オブ・テラー」。ニューヨーク市保存協会による見学ツアーに参加したゲストは、エレベーターで最上階へと向かうことに。身の毛もよだつ体験が待ち受けるとも知らず…。

(以下のリンクより)

【公式】タワー・オブ・テラー|東京ディズニーシー|東京ディズニーリゾート

 【利点】楽しむのに必要な根本情報が網羅されている

【不利点】基本過ぎて応用に不向き→ページ内から移動できる公式ブログを利用

 

2.夢の通り道

www.ntv.co.jp

元々は日本テレビのテレビ番組であり、毎週日曜日21時54分から放送。サイトでは、放送された内容が文章で記録されている。

 

574回 TDL カリブの海賊
アメリカ・ビューフォート 海賊ツアー 編
【テーマランド:アドベンチャーランド
2017/7/9 OA

ディズニー映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの
キャラクターも登場する、
東京ディズニーランドの「カリブの海賊
荒々しい海賊たちに、ドキドキしてしまいます!

アメリカ、ノースカロライナ州
ここは、18世紀に「黒ひげ」と恐れられた、伝説の海賊ゆかりの街。
海賊の地図を研究しているジョーイさんは、
ちょっとした街の有名人です。

「さぁ、海賊の国に行ってみたいか?」

人気の理由は、かつて実在した海賊たちを
ジョーイさんが演じる、"海賊ツアー"。
木陰で着替えると・・・

「こんにちは! 海賊のスティードだよ」

まずは、お坊ちゃま海賊のスティード。
史料を元に、忠実に本人を再現していると言います。

「今度の海賊はサミュエルだ」

こちらは、慈悲深かったと伝わる"海賊王子"サミュエル。
今の時代に海賊たちを蘇らせるジョーイさん。
そこには、海賊への深い愛が込められています。

「みんな海賊のことをよく知らないんだ。
 本当の海賊の姿を伝えていきたい。
 自由! 平等! 仲間! そんな言葉が海賊にはピッタリさ」

伝説とともに、語り継がれてきた海賊。
より深く知りたくなりますね。

今も記憶に生きる、伝説の海賊たち。
ここは夢の通り道です。

(以下のリンクより)

夢の通り道

 

295回 TDS タワー・オブ・テラー
モリス・ジュメル・マンション
【テーマポート:アメリカンウォーターフロント
2012/1/29 OA

東京ディズニーシーの「タワー・オブ・テラー」が、
期間限定で怖さ増量中!

最上階へと向かうエレベーターでは、
奇妙な超常現象が次から次へと降りかかります。

アメリカ、ニューヨーク。
マンハッタンで最も古い建物が
ハーレム・ハイツの丘にひっそりとたたずんでいます。

1765年に別荘として建てられ、
独立戦争では、ジョージ・ワシントン
総司令部として使われていました。

その後、フランス商人、ジュメル夫妻の手に渡り、
妻・エライザによって改装されました。

現在は一般公開されていますが、この建物には、こんな噂が・・・

「子供たちが外で大騒ぎをしていると、バルコニーから
 女性が現れて「シッ!」と言う仕草をしたそうです。
 でも、その時この家には誰もいなかったんです」

その女性は、エライザ夫人にそっくりだったとか。

歴史ある建物に、語り継がれるミステリー…
ここは夢の通り道です。

(以下のリンクより)

夢の通り道

 

様々な施設のモデルや、ディズニーパークを思わせる文化を紹介している。

【利点】マニアックな情報が舞い込みやすい

【不利点】実際のパークとどれほど差異があるのか検証しにくい→理解を深めるために利用するに限る!

 

3.TDRな生活(-_-).。oOO

blog.livedoor.jp

みっこさんの個人ブログ。複数の著書を出していらっしゃったりする。BGSに関して全般的に紹介している個人ブログは案外少なく、貴重なサイトのひとつ。

(前略)

ゲストは建物入口を入り、歩いて中を進み、木製の船着場へ到着します。この時、まずほとんどの人が気がつかないと思いますが、ボートに乗ってから上部を見上げると写真1枚目の様な、木製の看板があります。

ここには「LAFFITES  LANDING」の文字が。ここは「ラフィットの船着き場」。詳しい方はご存知だと思いますが、これは実在した海賊の船長、「ジャン・ラフィット」の名前です。この看板、とてもわかりにくい位置に掲げられています。

(以下略)

(以下のリンクより)

TDRな生活(-_-).。oOO : 人知れず静かな入り江に刻まれたミステリアスな海賊の名…。

 

 

(前略)

ま、あげればきりがないのですが、有名な所ではTOT建物前に並んだ掲示板に貼られている新聞は「ニューヨークグローブ通信」。

また、「タートルトーク」の中に貼られている新聞もほぼこちらの会社のものですが、この会社が、ブロードウェイミュージックシアターの左にある事などは多くの方がご存知だと思います。
そして、更に細かいお話ですと、この「ニューヨークグローブ通信」の前身の機関紙である「ニューヨークシッピングガゼッター」言う、海運情報誌の広告がショップ、「スチームボートミッキーズ」の壁に貼られている…など、マニアックなこだわりも魅力です。

(以下略)

(以下のリンクより)

TDRな生活(-_-).。oOO : 「建物の配置」に隠れた恐怖のホテルの細かな物語。

 

ファンに向けたマニアックな内容な上、圧倒的な情報量を誇っています。

【利点】知りたいことの七割くらいは載っているほどの情報の深さと広さ

【不利点】非公式な情報なため、正確性が必ずしもあるとは限らない→ブログで得た知識を元にそれを「検証」してみよう!

 

4.各個人ブログ

各個人ブログでは、専門性のある内容(各テーマエリア特化のブログや、英文解釈のみを掲載しているものなど)がある。自分の好きなテーマエリアの名前、気になっているワードで検索を掛けてみよう。

【利点】情報の特化性が高く、綿密な情報網が期待できる

【不利点】非公式な情報なため、正確性が必ずしもあるとは限らない→ブログで得た知識を元にそれを「検証」してみよう!

 

5.ガイドブック

大量に登場しているガイドブックのうち、何を買っていいかわからない方も多いだろうと思うので、ガイドブックの種類を四種類にまとめ、各分野でのおすすめを示しておこうと思う。

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6.ファンダフル・ディズニー会報

年会費2500円ほどで入会できる東京ディズニーリゾートの公式ファンクラブが「ファンダフル・ディズニー」。パスポートが安くなったり、期間限定・メンバー限定のオリジナルグッズが購入できたりする。

その特典のひとつに、定期的に自宅に送られてくる会報がある。ここでは、パーク内の様々なBGSを写真と共に詳しく紹介している。自宅にあるものの一部を紹介する。

 

vol.59特集「東京ディズニーランド®&東京ディズニーシー® パークはまるでミュージアム」(東京ディズニーランド&東京ディズニーシーミュージアムとして楽しむ特集など)

vol.60特集1「東京ディズニーシー®新アトラクション ソアリン:ファンタスティック・フライト」特集2「東京ディズニーランド® ワンマンズ・ドリームII - ザ・マジック・リブズ・オン」(「ソアリン:ファンタスティック・フライト」「ワンマンズ・ドリームII - ザ・マジック・リブズ・オン」特集など)

vol.61特集「不思議な杖がいざなう夢の都」(東京ディズニーシー「ソング・オブ・ミラージュ」特集など/最新刊)

 

【利点】公式の情報かつマニアック

【不利点】更新頻度や特集シーンに興味を持てるかわからない→ガチャガチャをひくような気分でなんでも楽しんでみよう!

 

7.TamifuruD

ツイッターのリプライやDMでの質問にはなるべく真摯に対応したいと思っています。詳しくはないですが、多少のお手伝いが出来れば幸いです

*1:メディテレーニアンハーバー」はイタリア語、「アドベンチャーランド」はハワイ語トゥモローランドの「スター・ツアーズ~」はアルファベットの独自表記であるオーラベッシュなどを履修しなければ殆ど理解できない。

ディズニーワイド考察「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」

価値観のパラダイムシフトは、ほんの少しのきっかけさえあれば、何時でも起こり得る。

新型コロナウイルスの影響で日本はそれを要求された。オフィス主導の仕事スタイルが主流の社会に在宅ワークという新たな価値観が一般化し、これまで活躍できた人材が使い物にならなくなり、逆に長らく爪を隠した鷹が空へ飛び立つ。

そうした、絶えず変化し続ける場所とは、さながらディズニーパークのようである。ともなれば、ディズニーパークを訪れるゲスト──或いはディズニーパーク自身を価値観の天地変異が襲うこともまた必然であるというわけだ。

今回は、ディズニーパークに訪れる価値観のパラダイムシフトを紹介しながら、「『個性』時代の終焉と『人間性』の定義が変わる日」について考えていく。

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Key Words

東京ディズニーランド「テーマランド」

東京ディズニーシー「テーマポート」

東京ディズニーランド「ニューファンタジーランド

東京ディズニーランドプーさんのハニーハント

ディズニー・ハリウッド・スタジオ「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」

ディズニー映画『アナと雪の女王2』

ディズニー映画『スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け』

ディズニーゲーム「ディズニー ツイステッドワンダーランド」

ディズニーゲーム「キングダム ハーツ」

 ※各映画のネタバレあり

 「ディズニーワイド考察」と大層に銘打っているのは、表題通り「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」を考える上で、ディズニー映画、パーク、アトラクション、社会に於ける活動を幅広く扱うためである。

 

 

まえがき:「解り難さへの挑戦」へ

Think with Entertainments! というブログのタイトルは、「エンターテイメントを通して現代日本の魅力と問題を垣間見よう」という想いが込められている。エンターテイメントが我々に働きかける手法は多様化しているが、そうしたものの中から私たちなりに新たな気付きを得ようというのがブログの根幹コンセプトになっているのだ。

先日、『「漢字」と「ヒプマイ」を混ぜて「夢の国・ディズニーランド」を錬成する』という記事を執筆、「ヒプマイ」=「ヒプノシスマイク」界隈からも反応を頂いた。なるほとと興味深く楽しんでくださった方もいれば、惜しくも私の意図が伝わらなかった場合もあるようだ。

さて、本記事は2020/05/17現在、Think with Entertainments! 屈指の「わかりにくさ」を誇る。文中で示される内容の一部には共感を、一部には反感を、一部には困惑を覚えるだろうが、是非「解り難さへの挑戦」だと思って読んでくださると幸いだ。私もこの文章を通じて高度な思考の文章化へと挑む。いっしょに、かんがえよう。

tamifuru-d777.hatenablog.com

 

 

テーマエリアとは何か

東京ディズニーランドは、1983年に日本にオープンしたテーマパークで、後の2001年に東京ディズニーシーという第二のテーマパークを迎えた。

 

TDLとテーマランド

東京ディズニーランドを構成する五つのテーマランドは「ワールドバザール」「アドベンチャーランド」「ウエスタンランド」「ファンタジーランド」「トゥモローランド」であり、1992年に「クリッターカントリー」、1996年に「トゥーンタウン」を追加して現在は七つになっている。

1983年(或いはアメリカ合衆国カリフォルニア州にディズニーランドの登場した1950年代)に作られたいつつのテーマランドは、抽象的名称で以てテーマリングをする。この仕組みに則ると、「ウエスタンランド」「ワールドバザール」と「アドベンチャーランド」「ファンタジーランド」「トゥモローランド」とでは、その組成が大きく異なっていると解釈できる。

前者のテーマランドでは、「共通ストーリー」の存在がある。「ウエスタンランド」は西部アメリカを舞台として一貫した物語を展開しているし、「ワールドバザール」はひとつの街として独立した存在である。

後者のテーマランドでは、抽象的な物事のパッチワークが作り上げていると言える。例えば「アドベンチャーランド」にはポリネシアニューオーリンズが同時に存在しているし、どのエリアにも属さない部分があり「アドベンチャー=冒険」という一点が各施設を繋ぎとめている。「ファンタジーランド」に於いて、アトラクション「ピノキオの冒険旅行」の舞台はイタリア、「ピーターパン空の旅」ではロンドンとネバーランドだが、「ディズニー映画のファンタジー」という共通点で結びついている。「トゥモローランド」に於いても、「トゥモロー=未来→宇宙や技術」などの概念がテーマとなっていて、「モンスターズ・インク:ライド&ゴー・シーク!」と「スペース・マウンテン」は地続きになっていない。

更に時代が進行すると、「クリッターカントリー」と「トゥーンタウン」が現れる。「クリッターカントリー」は、ディズニー映画『南部の唄』をベースにしているし、「トゥーンタウン」は『ロジャー・ラビット』に則っている。

即ち、テーマランドとは三種類存在する。「テーマ=ワード」であるものと、「テーマ=ストーリー」であるもの、「テーマ=映画」であるものだ。「テーマ=ストーリー」であるものは、さながら「テーマ=映画」と似ているようであり、自由な舞台設定が可能な点で「テーマ=ワード」に近しいものである。

 

TDSとテーマポート

その後に現れた東京ディズニーシーは、「テーマ=ストーリー」を徹底したテーマパークである。

メディテレーニアンハーバー」は20世紀初頭の南ヨーロッパ、「アメリカンウォーターフロント」は20世紀初頭のアメリカ合衆国東海岸・ニューヨークとケープコッド、「ポートディスカバリー」は時空を超えた未来のマリーナ。「ロストリバーデルタ」は1930年代の中央アメリカと、具体的背景が与えられたテーマポートが共通した登場人物の元で動く。

一方「マーメイドラグーン」というのは、それぞれ映画『リトル・マーメイド』の世界に由来する世界観を共有しており、さながら「テーマ=映画」型なのである。

 

テーマエリアには三種類あった!

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テーマエリア分析表

 

ニューファンタジーランドとは何か

2020年、東京ディズニーランドに導入予定だった施設のひとつが「ニューファンタジーランド」だ。現在東京ディズニーランドに存在する「テーマ=ワード」型エリアであるファンタジーランドに、ディズニー映画『美女と野獣』をテーマにした「テーマ=映画」型エリアを導入しようという試みである。

このエリアが意味するのは即ち、「テーマ=ワード」型エリアの淘汰である。その点で、東京ディズニーランドファンタジーランドの沿革を見ていくと、大きな転換点となっているのは、アトラクション「プーさんのハニーハント」登場であるとわかる。

 

「ニューファンタジーランド」のルーツは「プーさんのハニーハント」説

プーさんのハニーハント」は、新規アトラクションとしてただオープンしたのみではない。アトラクション出口には併設ショップ「プーさんコーナー」が登場し、ディズニー映画『くまのプーさん 完全保存版』をベースに「くまのプーさん」シリーズのキャラクターのグッズが展開された。又、道を挟んだ向かい側には、プーさんの好物である蜂蜜に因んでか、ハニー味のポップコーンワゴンが設置されている。

こうして、「ニューファンタジーランド」に於ける「美女と野獣エリア」に先駆けてファンタジーランドの中に「くまのプーさんエリア」、これ即ち「テーマ=映画」型エリアを既に作り上げていたのである。こうした試みは、後の「モンスターズ・インク:ライド&ゴー・シーク!」に於いても行われた。

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カラー部分が筆者命名くまのプーさんエリア」だ!!

ここで、話は「ニューファンタジーランド」に戻る。

何を隠そう、この「ニューファンタジーランド」、とりわけ「美女と野獣エリア」とは、「くまのプーさんエリア」或いは「モンスターズ・インクエリア」の延長線上にある正統進化に過ぎないのである。「テーマ=ワード」型エリアに対する進化の手段の提供である、またはある種のテコ入れの方法であるこの方法は、実は2000年の「プーさんのハニーハント」に遡るのだ。

 

「ギャラクシーズ・エッジ」という完成形

くまのプーさんエリア」は「テーマ=ワード」型エリアに対して新たな解釈を与えるものであったが、新規で「テーマ=映画」型エリアを開発した例が「アラビアンコースト」「マーメイドラグーン」である。そして、その完成型こそが「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」なのであろう。

「アラビアンコースト」や「マーメイドラグーン」からは他のテーマポートが観測できるが、これが「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」では限りなく解消された。

このエリアはアメリカ合衆国カリフォルニア州のディズニーランド、フロリダ州のディズニー・ハリウッド・スタジオに存在し、フランス共和国ウォルト・ディズニー・スタジオ・パークにも建設予定。然し、フロリダ州のエリアのみ、2021年にホテルが開業予定だ。その名も「スター・ウォーズ:ギャラクティック・スタークルーザー」である。このホテルは、一度入ると二泊三日で「スター・ウォーズ」シリーズの世界を楽しめる、正にテーマエリアに宿泊するような感覚が得られる。

gigazine.net

こうなってしまうと、起床してから朝食をとり、一日を過ごし、夕食をとり、家族とボードゲームでもして、布団に入り、翌朝また起きるまですべてを「スター・ウォーズ」シリーズの中で終えることが出来る。正に「テーマ=スター・ウォーズ」型テーマエリアの完成形である。

 

「アナ雪」と「スターウォーズ」の最前線を追う

舞台は一変して、映画に移る。今回問題にするのは『アナと雪の女王2』と『スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け』である。

 

アナと雪の女王2』を観る

監督はクリス・バックジェニファー・リー、『アナと雪の女王』の続編であり監督に交代無し。日米共に2019年11月公開。

前作から3年後、アレンデール王国の人々とすっかり打ち解け平和な日々を過ごしていたエルサだったが、ある日彼女は自分を呼んでいる北からの「不思議な歌声」を聞き始める。その歌声に導かれ、彼女は妹のアナとクリストフ、オラフ、スヴェンと共に、自分の持つ力の秘密を解き明かすためアレンデール王国を越えて新しい旅に出る。

(Wikipediaアナと雪の女王2』項目より)

本作に於いてメインストーリーはエルサの自分探しである。エルサは何処からか聞こえる「不思議な歌声」に導かれて森の中へと入っていく。そして、過去にいがみあったというノーサルドラの不思議な森へと足を踏み入れる。

 

余談:筆者と『アナと雪の女王2』

個人的に凄く好きな作品である。暗く美しいややダークな映画であるが、楽曲はどれも綺麗である。個人的に「恋の迷子」が大好き。余談終わり。

 

スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け(EP9)』を観る

監督は「フォースの覚醒(EP7)」のJ.J.エイブラムス。「スカイウォーカーの夜明け」はエピソード9にあたる。

死者の口が開いた!復讐を誓う元皇帝パルパティーンの声が銀河中に響き渡る。
レイア・オーガナ将軍が情報収集を命じる中、ジェダイ最後の希望レイはファースト・オーダーとの最終決戦に備えていた。
ファースト・オーダーの最高指導者カイロ・レンは自らによる銀河の支配を脅かす皇帝の幻影を、怒りを力に変えて追っていた。

(『スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け』オープニングロールより)

 本作の主題は幾つかあるが、ひとつは主人公レイの自分探しの旅である。フォースを操るジェダイとして訓練を積むレイは、フォースの暗黒面を操るカイロ・レンから「レイは誰でもない」とされていた。然し作中、突如指から閃光を発してしまう(いわゆる「フォース・ライトニング」)。それからレイは自分で自分を恐れるようになる。

 

余談:筆者と「スカイウォーカーの夜明け」

個人的に好きな作品ではあるが、決して出来が良いとは言い切れないとも感じる。今柵については賛否が大きく別れるが、その旨について今回は扱わない。詳しくは過去の記事に書いているので興味があれば以下のリンクからどうぞ。

スター・ウォーズのディズニー3部作とは何だったのか - Think with Entertainments!

 

「自分探し」の変質

そもそも、この「自分探し」とはディズニー映画に於いて大きなブームとなっている。耳の大きな象ダンボを描いた『ダンボ』は2018年3月の映画で、1940年代のアニメを実写化する試みである。監督のティム・バートンは自身の過去の経験をダンボと重ね合わせていたといい、「ありのままの自分である」ことを説く内容だ。その後2018年12月の『シュガー・ラッシュ:オンライン』、2019年7月の『トイ・ストーリー4』と一貫して「自分の人生は自分で決める」「自分が本当に大切にしているものって何?」を描いてきた。そして往々にして、アメリカ合衆国では大絶賛、日本では賛否両論を繰り広げてきた。

又、それとは完全に別箇で「プリンセス解放運動」も興っていた。初期のディズニー映画、とくに第一次ディズニー黄金期と呼ばれる期間の『白雪姫』『シンデレラ』のような作品では、「女性は素敵な男性を待つもの」「女性は美しい結婚を望むもの」とされていた。次いで1990年代に繰り広げられた第二次ディズニー黄金期では、『リトル・マーメイド』のアリエル、『美女と野獣』のベル、『アラジン』のジャスミンといったプリンセスが現れ「女性は自ら外に飛び出していくもの」「女性だって自分の恋愛をするもの」と流れを変えた。そして、2010年代に入り『シュガー・ラッシュ』もとい『シュガー・ラッシュ:オンライン』のヴァネロペや『モアナと伝説の海』のモアナが登場して、「女性は必ずしも結婚したいわけじゃない」とついに解放された。2013年の『アナと雪の女王』では、エルサとアナの二人のプリンセスが登場、エルサは女王の座につき、アナはクリストフと恋に落ちて、どちらの道も示した。

その系譜の最先端に置かれるのが『アナと雪の女王2』である。

ノーサルドラとアレンデール王国は対立関係にあった。エルサとアナは自身がアレンデール王国の王子とノーサルドラの少女の間に生まれたという事実を知る。エルサの魔法はノーサルドラから与えられた自然的力だと知る。そして、エルサはノーサルドラで暮らし、アナはアレンデールの女王として正しい国を作ることを誓う。それは正に各人の思う「本当の自分」を「見つける」ということに他ならない。

 

一ヶ月で起きた「アナ雪の夜明け」

アナと雪の女王2』からおおよそ一ヵ月後に『スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け』が公開されるわけだが、ここであっさり「アナ雪の夜明け」を達成してしまった。『アナと雪の女王』がプリンセスに対し「結婚」と「自由」という双方の見解を示したように、「スカイウォーカーの夜明け」もまた相反する結末を提供する。

「スカイウォーカーの夜明け」は、「もしもアナとエルサの祖先が、拒むべき人間だったら」という物語であると言える。

「スカイウォーカーの夜明け」では、アナとエルサの父も母もアレンデールの王族である。過去にノーサルドラを迫害し、彼らを森の中に閉じ込める。そんな両親を持ったアナとエルサは、親の足枷の元で足を引き摺って生きるべきなのだろうか? それとも、その足枷を外して新たな道にすすむべきだろうか? 親のつけた足枷から、どんなことを感じるだろうか? 本作では、アナをカイロ・レン、エルサをレイに置き換えてそんな「アナ雪の夜明け」を演出している。

カイロ・レンはファースト・オーダーという(映画上)悪の一味のトップでありながら、父がハン・ソロ、母がレイア・オーガナ(後にスカイウォーカーと発覚)である。彼は祖父アナキン・スカイウォーカーがダースベイダーとなったことに影響を受け、ベン・ソロの名を捨てカイロ・レンとなる。然し本作ではカイロ・レンという人格が死に、ベン・ソロだけが残る。彼は、ソロという名前の下でフォースの暗黒面を捨て、正義の道へと向かったのだ。今思えば、アナキン・スカイウォーカーもまた、同様の人物であった。彼も一度暗黒面の道に転じたが、そこから復帰を遂げた人物だ。ベン・ソロはスカイウォーカーの意志も受け継ぐ。こうして、血統を受け継いで彼なりのオーダー《様式》を継承することが、ベン・ソロという男のやり口だった。

一方「スカイウォーカーの夜明け」でレイはパルパティーンの孫であると明かされる。パルパティーンといえば謀って銀河帝国皇帝の座についたフォースの暗黒面を操るシスの権威であり、暴君としての一面を見せた人物だ。レイは正義の立場でありながら、悪の権化と血のつながりがある人物だった。レイは映画の最後に名を聞かれ「レイ・スカイウォーカー」と答える。それは、「もしもエルサの両親が、ノーサルドラ殲滅を目論む単なる悪の権化だったら」という物語なのである。パルパティーンから解放され、本当の自分を新たに生み出す。そして、スカイウォーカーという道を選ぶ。これは言わば、繋がれた血統から・運命から・個性からの解放であり、自身で個性を創っていくことが可能であるということに他ならない。

 

 「ツイステ」は何がTwisted《ツイステッド》されているのか?

現在日本中を席巻する一大ムーブメントとなっているのがゲーム「ツイステッド・ワンダーランド」である。

この物語が描くのは、「悪役たち」《ヴィランズ》の真の姿──


魔法の鏡に導かれ、異世界「ツイステッドワンダーランド」に召喚されてしまった主人公。
辿り着いた先は名門魔法士養成学校「ナイトレイブンカレッジ」。
行く当てのない主人公は、仮面の学園長の保護を受け、元の世界へ帰る方法を探し始める。
しかし、そこで待ち受けていた生徒たちは、才能豊かだが、協調性皆無の問題児ばかりだった!
はたして主人公は、彼らと協力し、元の世界へ帰ることができるのか?
そして、ヴィランズの魂を持つ、生徒たちの秘密とは?

(「ディズニー ツイステッドワンダーランド」公式ウェブサイトより)

twisted-wonderland.aniplex.co.jp

ちなみに、筆者は未プレイのため、公式ホームページを嘗め回すように解釈して記事にしている。その点ご容赦を。

 

「キンハー」と「ツイステ」は何が違うの?

ディズニーのゲームといえば「キングダム ハーツ」があるじゃないか!

www.jp.square-enix.com

2002年に登場した「キンハー」は、ディズニーとスクウェア・エニックスが組んで製作したアクションRPGである。

この「キンハー」と「ツイステ」の間にある大きな違いは、「主体」つまりプレイヤーと「客体」つまり世界観である。ここで「主体」とは見る者、「客体」とは見られる者ということになる。

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日本のディズニーゲームの主体と客体

 

「キンハー」のストーリーでは、スクウェア・エニックスが製作したキャラクター、日本のアニメーションやゲームの世界から登場したような姿のソラが主人公である。そして、そこにドナルドとグーフィーが同行して、ディズニー映画の世界を旅する。ここで主体=見る者は日本的ビジュアルの主人公ソラ、客体=冒険する世界観はディズニー映画の世界である。

一方、「ツイステッドワンダーランド」では、同名の謎の異世界に転生したプレイヤーが、ナイトレイブンカレッジという学校に迷い込む。そして、ディズニー映画の七人のヴィランズそれぞれを崇拝する七つの寮と、そこに在籍するキャラクターが登場する。そして、キャラクターデザイン、原案、シナリオは漫画家の枢やな氏が担当している。つまり、客体=迷い込む世界観が日本的なものとなっている。上の表を確認していただければわかるとおり、「ツイステッドワンダーランド」のゲームはもとよりディズニー映画の世界が一度「Twisted」された世界であり、本質的にディズニー映画の世界が登場しない。あくまでモチーフとして仄めかされているのみであり、ナマのディズニーは登場しないのである。

事実、Twitter上では、各寮のキャラクターたちは寮のモデルとなったヴィランと面識がなく、あくまで歴史上の人物として崇拝しているのみに過ぎないのでは? という声が上がっている。

2002年登場の「キンハー」と2020年の「ツイステッドワンダーランド」の18年では、スマートフォンの普及をはじめ幾つもの価値観変化が起こっていた。そうしたものに併せて、ディズニーのゲーム戦略も変化しつつあるということだろう。

「ツイステッドワンダーランド」は、「ディズニー映画の世界が一度"Twisted"された世界」なのだ。

 

『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日

平均上昇と個性沈没

さて、こうしたディズニー情勢を鑑みて、これからの話をしよう。

世界では近年「個性」と「自由」が重んじられてきた。

www.youtube.com

とりわけ日本に激震が走ったのは、YouTube動画投稿によって生計を立てるYouTuberを起用したYouTubeの広告「好きなことで、生きていく」だろうか。そういえば、2015年に33億円だった日本国内のYouTube市場は、19年に400億円へと膨れ上がった。10倍以上だ。SNSの発達により、誰もが自分の日常や興味を発信できる時代になった。2007年には「ワーク・ライフ・バランス」、近年になって「働き方改革」というキーワードも登場した。

然し、これにより面白い現象が起きる。

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「個性」「個性」「個性」と個性が並びに並んだ結果、「個性がありすぎる」のだ。作品の平均レベルは急激に上がり、これまで世に出なかった素晴らしい作品が多数発見できるようになったのは素晴らしいインターネットの魅力だ。然しその影で、個性が重視された世界が進行しすぎて、「個性がある」というひとくくりが誕生してしまったのである。

 

テーマ=映画型エリア、アナ雪の夜明け、ツイステによる手ほどき

さて、これまでテーマエリア、アナ雪の夜明け、ツイステと三つの「世界の変遷」を見てきたが、これらは個性の埋没に対抗する手段として存在する。そこには、個性の更に先に存在する唯一性が関係している。

「テーマ=映画」型エリアは、「テーマ=ワード」型エリアの進化方法のひとつであるという側面があるというのは記載した通りだ。「ファンタジーランド」にある「ホーンテッドマンション」や「ピーターパン空の旅」は、「ファンタジー」というワードにくくられているから、当初こそ魅力的なもののそこには「個性がある」というひとくくりが誕生してしまっている。そこに唯一性を与えるのが「テーマ=映画」型エリアであるというわけだ。

こうしたテーマエリアの構成にしておけば、逆説的に「ファンタジーという個性の中に一緒くたにされる」ということが無くなる。それは、「ファンタジーランド」の中に生身で存在する「ピノキオの冒険旅行」や「ピーターパン空の旅」と異なり、「テーマ=映画」型ミニエリアをクッションにし、自分の牙城に好きなアトラクションやショップ、レストランを展開できるためである。「『美女と野獣』のエリアに来たんだ」という前提がある以上、アトラクションやショップ、レストランは総合演出として一体となっている。そして、本質的に別物なものを一点のキーワードで集めた世界ではなく、「他になく、それしか有り得ない」「唯一性のある」エリアとして進化していく。

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左「ファンタジーランド」・右「美女と野獣エリア」

これが詭弁的に登場した「テーマ=映画」型エリアであるから問題がややこしいが、他のエリアではより顕著である。

又、「アナ雪の夜明け」とは正に同様のことを語っている。レイがスカイウォーカーと名乗ることは、血統や「自分がどう在るか」というアイデンティティに軸足を置いていない。「自分がどう在りたいか」に根拠がある。「『パルパティーン』だろうが『スカイウォーカー』だろうが『無名』だろうが、私はレイなのである。だから、私は私の道を行く」という宣言である。そこで重要視されているのは「レイがレイであること」である。それは「在るべき論」の中から真実を選んだエルサとは趣が異なり、「在りたい論」から真実を選ぶのである。繰り返すが、そこにあるのは「ジェダイである必要性」でもなく「スカイウォーカーである必要性」でもなく、「レイの唯一性」なのではないだろうか。

「キンハー」と「ツイステ」の変遷にも同様のことが言える。「ツイステ」は、「ディズニーという個性」から解放された「ツイステの唯一性」を追ったコンテンツなのである。エッセンスに留まるディズニー映画の世界はリスペクトされ、本質的には「オリジナルコンテンツ」である。「ツイステ」を揶揄する声として「公式の二次創作」というものがあるが、それもそのはずである。もし、「ツイステ」の世界にディズニー映画の世界やディズニーヴィランズ本人がプレイアブルキャラクターと直接接触する形で万一でも登場してしまえば、それは「ディズニーという個性」の呪縛にとらわれた「個性があるというひとくくり」に属する作品となってしまう。

人間性』の定義が変わる日

人間性は、人間の心理的性質のことである。学問的には、主に哲学や人文学などの文科系学問により研究されてきた。日常的にも、用いられる言葉である。

(Wikipedia人間性』項目より)

個性の埋没が進行する中、私は「人間性」という言葉に新たな意味を与えたい。元来の「人間性」とは人間の心理のことを意味しているわけだが、ここに唯一性に近しい意味合いを持たせることは可能だろうか。

SNSの発達が生んだ「誰でも発信できる社会」は、「一番にならなくても良い社会」を生んだ。これまで、100万人に売って10万人を養ってきた会社は、100人に売り10人を養えばいい社会に変化していく。それは、先に挙げたSNSのシェア数とコンテンツ過多の関係を見ても判る通りだ。また、インターネットを用いれば個人でもなんとか稼業を営むことが可能になってきた。

そうなると、消費者の選択肢は必然的に広がる。300万人の牌があったとして、これまで1社100万人=3社で相手していたところが、1社100人=10000社で契約することになる(無論、大企業が消滅することはないので、これは極端な例だと言えるが)。

ともすれば、最早「個性があるというひとくくり」により支配された世界で私たちが取引先を選ぶ方法が人間性しかなくなるのである。

「この人がすき」「この人を応援したい」というような「あなたじゃなきゃだめなの」という理由を幾つか積んでいくことで、店舗や個人は客を獲得する必要がある。それは、「美女と野獣じゃなきゃだめなの」であり「レイじゃなきゃだめなの」であり「ツイステじゃなきゃだめなの」である。

こうした物事の唯一性を表現する言葉として人間性を使うことは出来ないだろうか。

 

おわりに:新たな「人間性」の世界で生きる

これからの未来では、そうした意味での「人間性」が必要になってくるのではないだろうか──とは言うものの、「人間性を育む」などという言葉がこの文脈で通用するわけもあるまい。「人間性」とは「あなたがあなたであること」そのものなのだから。

「解り難さへの挑戦」、お楽しみ頂けただろうか。本文の意図は伝わっただろうか。伝わった、伝わらないに関わらず、「TamifuruDのブログが読みたい」と言って頂けるように書いていきたいものである。