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我流を流れ一流へ合流

「漢字」と「ヒプマイ」を混ぜて「夢の国・ディズニーランド」を錬成する

今や東京ディズニーリゾートの決まり文句となっている「夢の国」は、最早一般化。東京ディズニーランドの本質「夢と魔法の王国」のあおりをうけたこのセンテンスだが、ディズニーパークの本質からは大きくそれている。

ディズニーパークの源流はアメリカ合衆国にあり、「夢の国・ディズニーランド」の根本は日本国にある。これらは似て非なるもの──三位一体説をもじれば二位一体、どちらも大元は同じものだが最早ベツモノと化した。

今回は、日本の伝統「漢字」と、ラップミュージックの分野で全く新しい在り方を提案した「音楽原作キャラクターラッププロジェクト・ヒプノシスマイク:ディビジョン・ラップ・バトル」こと通称「ヒプマイ」をまぜまぜして「夢の国・ディズニーランド」を錬成したい。そしてこれを従来のディズニーパークと照らし合わせることで、その功罪を垣間見ることにしてみよう。

※論調にやや勢いがあり、表現が過度に誇張された部分がありますが、考察でありながら筆者個人の思いもある程度乗ったものであるためご了承を。

 

 

東京ディズニーリゾートの特殊性

先ず、自明の条件として日本に於ける東京ディズニーリゾートについて紹介する。

はじめての「ディズニーランド」はアメリカ合衆国カリフォルニア州に1950年代に登場した。後の1970年代、日本のオリエンタルランドという会社は「ディズニーランド誘致案」事業を立ち上げる。一方、1970年代といえば、ウォルト・ディズニーが亡くなった直後である。そのため当時のディズニーは、アニメーション成績の不振も理由として海外にディズニーランドを作ろうと画策していた。然し、海外進出はリスクが高いため手軽な投資とは言えないのが事実だった。このとき、オリエンタルランドとディズニーの利害が一致したのだった。様々な検討を経て、オリエンタルランドとディズニーのライセンス契約が交わされた。かくして、世界初のアメリカ合衆国外常設ディズニーパークとしての東京ディズニーランドが建設され、運営開始までこぎつけられたのである。

ここで着目すべきは、日本の「夢の国・ディズニーランド」は厳密にはディズニーによって運営されているものではないということだ。オリエンタルランドは常に「日本人が満足できるものをつくる」ことを原理にディズニーと度々交渉をし、事業を展開してきた。そうして登場したのが「イクスピアリ」というショッピングモールであり、「ボン・ヴォヤージュ」であり、「JR舞浜駅」であり、「ディズニー・リゾートライン」なのである。そして、「東京ディズニーシー」なのである。この前提なくては、東京ディズニーリゾートを理解できないも同然である。

 

ジャパニーズ・トラディショナル・カンジの成立と浸透

日本で現在用いられる「日本語」には「平仮名」「片仮名」そして「漢字」のみっつの文字がある。先ず、「夢の国・ディズニーランド」を生み出すために必要な片方の素材である「漢字」の歴史と拡散の現状を知る必要があるのである。

そもそも日本語の「平仮名」「片仮名」とは、「漢字」に源流を持つものである。この「漢字」とは、中国の「漢」からやってきたものである。これが意味するのは日本人が「漢字」を「改造」して自国文化としたという事実である。

他の国についても覗いてみると、例えば、韓国などの国ではハングル語と混合させて漢字を用いていた点で日本と類似しているが、現在は殆ど漢字の利用がないという。又、ベトナムなどの国では、漢字のベトナム読みが開発され現在まで色濃く残っているが、アルファベットに表記は置き換えられるようなことが起こった。このように、日本に於いて独自の形で漢字が「現役で」利用されているのはやや稀有なことのようだ。因みに、日本人は漢字の日本語読みである「訓読み」なるものも生み出している。

「漢字」についてみてみることでわかる日本人の特性として、外国文化を「受容」する文化が早くから根付いていたというのがあるといえる。これは、さながらディズニーランドの本質を変化させずに日本に導入し、定着させたのと同様の所業であるのだ。この点に於いて、漢字と東京ディズニーランドには共通点がある。

 

「ペンは剣よりヒプノシスマイク」について

ヒプノシスマイク」は、2017年からその活動を開始した全く新しいコンテンツだ。

ヒプノシスマイク」にはしっかりとしたストーリーがあるから、これを基にしてそのコンテンツの特異性を連ねてみよう。

H暦 武力による戦争は根絶された…

争いは銃ではなく人の精神に干渉する特殊なマイクにとって代わった。

その名も【ヒプノシスマイク】

ヒプノシスマイクを通したリリックは人の交感神経、副交感神経等に作用し、様々な状態にすることが可能になる。

人々はラップを使い、優劣を決する。

男性はイケブクロ・ディビジョン、ヨコハマ・ディビジョン、シブヤ・ディビジョン、シンジュク・ディビジョン等の区画で生活をすることになる。

各ディビジョン代表のMCグループがバトルをし、買った地区は決められた分の他の領土を獲得することができる。

兵器ではなく言葉が力を持つことになった世界で今、男たちの威信をかけた領土テリトリーバトルが始まる。

(「ヒプノシスマイク」公式サイトより)

hypnosismic.com

ヒプノシスマイク」は、どんなジャンルのコンテンツだろうか? 漫画、アニメ、小説、映画……実はどれでもなく、なんと「楽曲」がメインコンテンツだ。YouTubeとCDで展開される楽曲にはそれぞれのキャラクターの性格、職業、それから因縁の相手などの情報が歌詞として登場し、それらを補完する形でCD附属のドラマトラックがある。そして、その外縁に各キャラクターの魅力や過去を深める漫画、同様世界観に準拠したリズムゲーム、そして2020年7月開始のアニメなどがあくまで「サブストーリー」として存在するのだ。

楽曲はキャラクター個人曲、三人一組のチーム(作中では「ディビジョン」と呼ばれる)による曲、そしてディビジョン対抗のバトル曲が存在している。

口の悪そうなお尻にお仕置き中

以後お見知りおきよろしゅう!ほなねー

 

オオサカ・ディビジョンによる楽曲「あゝオオサカdreamin'night」より引用。

ゴヤ・ディビジョンのディビジョン名は「Bad Ass Temple」で、「最高の褒め言葉」として定着しているものの、Assは「お尻」、Bad Assで「攻撃的」という意味!

youtu.be

 「ヒプノシスマイク」の楽曲は、先ず作り手となるラッパーやDJがおり、次いでそれを歌い上げる総勢18名の声優がいる。そして、その声優が演じる役柄として18人のキャラクターが存在する。

実は、この形式は非常に奇妙だ。それは、ラップは「本人性」が第一に挙げられる音楽だからだという。秘めた思いを歌詞に書き、それを歌いあげるところまで同一人物が担当する。そしてそれを自身の魂の叫びとして表現するこれこそがラップであるというわけだ。その点、「ヒプノシスマイク」の楽曲は作り手も、歌い手も、歌っている人もみんな別人だ。「あゝオオサカdreamin'night」の作り手はCreepy Nutsという音楽ユニットだが、引用した部分の歌詞を歌うのは声優の岩崎諒太さんだし、実際に作中では漫才師の白膠木・簓(ぬるで・ささら)が歌うことになっている。これでは本人性など担保されているはずもない。

然し、これに詭弁的ながら興味深い論調を提供する勢力がある。

つまり、我々消費者は、声優や歌の作り手の存在を意識しながらも、その作品を楽しんでいる間に限りその存在を真実として認めているというのだ。「ヒプノシスマイク」の世界には白膠木・簓がきちんと存在していて、彼の楽曲には彼の想いが乗っていると信用してコンテンツとして楽しんでいるのである。

そして、これは東京ディズニーリゾートも同様である。我々消費者は、ディズニーの世界が作り物であることを十分承知した上でパークに赴くが、一度エントランスを潜るとそこは正に夢と魔法の王国、冒険とイマジネーションの海、その設定をしっかりと飲み込んでその設定の上で踊らされるのである。

ヒプノシスマイク」作中の山田・一郎(やまだ・いちろう)の歌詞で次のようなものがある。

二次元でも三次元でも俺は俺だから

決め付ける奴らは一昨日来い

ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-+」より

youtu.be

 山田・一郎(やまだ・いちろう)役を務めるのは声優の木村昴さんだが、彼はかの有名なジャイアンの2代目声優でありながら、生粋のラップ好きでも知られる。そんな彼が歌うこの歌詞には、新たなラップミュージックへの想いが込められているのだろう。

 

「漢字」と「ヒプマイ」からついに錬成開始!

ついに材料が揃った!

「漢字」が日本にもたらした力のひとつが「異文化を改造し、受容する力」であるならば、「ヒプノシスマイク」が日本にもたらしたのは「虚構を信じ込んで、受容する力」である。これらふたつは日本に古来から伝わる伝統的な力だ。

私は、「夢の国・ディズニーランド」とは、「外国の文化をアレンジして受け入れ」、「本物として信じ込む」ことによって生まれると思う。

日本のディズニーパークの「漢字性」を垣間見る

先に話題に出したアメリカ合衆国の幾つかのディズニーパークでは、「ディズニー」というアイコンがアメリカ文化の象徴のひとつとして機能している。

アメリカ合衆国フロリダ州のディズニーパークであるマジックキングダムには、「ホール・オブ・プレジデンツ」というアトラクションがあり、アメリカ大統領が登場する。日本に置き換えるなら、言わば「ホール・オブ・プライム・ミニスター」を作って日本の総理大臣に話させるようなアトラクションなわけだが、果たして日本のディズニーパーク来園者はこれを受け入れられるだろうか。

日本のディズニーパークのプロップス(装飾や小物)の多くは、「英語」で作られている(東京ディズニーシーの一部エリアではイタリア語やスペイン語なども存在するが)。然し、アメリカのディズニーパークに於いてもこれは変わらず「英語」である。然し、見方を変えてみればアメリカのディズニーパークのプロップスは「アメリカで盛んに用いられる言語」としての英語なのである。日本のプロップスの言語のうち、現在英語のものすべてが「日本で盛んに用いられる言語」こと日本語に置き換わったら、日本人はどう感じるだろうか?

そもそも、東京ディズニーランドのエリア「ウエスタンランド」は、元は「フロンティアランド」といって、アメリカ西部開拓時代が舞台になっている。アメリカにとっての「アメリカ西部開拓時代をモチーフにしたエリア」とは、日本にとっての「室町時代」をモチーフにしたエリア」などと最早同義である。日本に於いて、その類のテーマパークは、日本のテーマパークの第一線で首位争いをしているだろうか?

こうしてみてみると、日本のパークは「アメリカへの憧れ」が醸成されて出来た「外国文化を受容するパーク」であると言えよう。そしてそれが無意識のうちに日本人の生活に溶け込んでいるのだ!

日本のディズニーパークの「ヒプマイ性」を垣間見る

心なしかアメリカ合衆国のディズニーパークでは、パークの歴史やアトラクションの成り立ちをフィーチャーする機会が多いように感じられる。

アメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイムのディズニーランド・パークの公式ウェブサイトには「CLASSIC ATTRACTIONS」という項目があって、「イッツ・ア・スモールワールド」「カリブの海賊」「ホーンテッド・マンション」が紹介されている。日本に於いてこのようなジャンル分けはあまり見られない。

例えば、「カリブの海賊」のページを見てみると次のように記されている。

Over 50 Years of Pirates at Disneyland Park
Pirates of the Caribbean is considered one of the most immersive attractions ever created for a theme park.

When Walt Disney originally designed the attraction in the 1950s, he imagined it as a wax museum and a walk-through adventure. However, after the success of Walt Disney’s Carousel of Progress at the 1964 New York World’s Fair, Disney and his team of Imagineers decided that Audio-Animatronics—Walt’s latest animation technology—was the most imaginative way to tell a rousing pirate story.

On March 18, 1967, Pirates of the Caribbean opened at Disneyland Park. Thanks to the highly detailed scenes, lavish special effects and memorable characters, the attraction earned rave reviews and has remained a beloved classic ever since.

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ディズニーランド・パークに於ける50年以上の歴史

カリブの海賊は、テーマパークの為に創られたアトラクションの中で最もイマーシブな(没入性のある)アトラクションのひとつだろうと思われます。

ウォルト・ディズニーが1950年代にアトラクションをデザインした当初、彼は蝋人形館のウォークスルーアドベンチャーアトラクションを想定しました。然し、1964年のニューヨーク万国博覧会に於けるカルーセル・オブ・プログレスの成功を経て、ディズニーと彼のイマジニアチームはオーディオ・アニマトロニクス──ウォルトによる最後のアニメーション技術──がわくわくするような海賊の物語を語るのに最も想像力に富む方法であるとしたのでした。

1967年3月18日、カリブの海賊はディズニーランド・パークにオープンしました。よく作りこまれた風景、惜しみのない特殊効果、そして印象に残るキャラクターたちのお陰で、アトラクションは熱のある評価を得て、それから愛される古典で在り続けているのです。

(日本語内の括弧内はすべて筆者注/日本語はすべて筆者訳)

 

これを読むと、アトラクション「カリブの海賊」の歴史がよくわかるように思うが、改めて断っておくと、これは「ディズニーパークの公式ホームページに載っている」のである。

又「カルーセル・オブ・プログレス」「オーディオ・アニマトロニクス」「イマジニア」などの単語が当然のように登場する。「カルーセル・オブ・プログレス」は嘗てディズニーランド・パークに存在したが現在は別のフロリダ州のディズニーパークに移設されていて、この「カリブの海賊」のホームページを持つディズニーランド・パークには既に存在しないアトラクション。「オーディオ・アニマトロニクス」とはアトラクションに於いてキャラクターを表現するロボット技術のことで、とりわけアニマトロニクスとはanimation(アニメーション)とelectronics(エレクトロニクス/電子装置)からの造語である。「イマジニア」とは、ディズニーのアトラクションをデザインし製作する人々の集団で、これはimagination(イマジネーション/想像力)とengineer(技術者)から成る。

因みに、日本の東京ディズニーランドに於ける「カリブの海賊」の解説は以下の通りだ。

ボートの上を飛びかう砲弾、巻き上がる水しぶき、怒鳴りあう海賊たちの荒々しい声。何度体験しても、いつも初めて味わうような興奮につつまれる大迫力のアトラクションといえば「カリブの海賊」。ディズニー映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のキャプテン・ジャック・スパロウら映画のユニークなキャラクターたちも登場。想像力の粋を結集したこの傑作を知らずに、アドベンチャーの世界は語れない。

 アトラクションの存在自体の魅力を仄めかす内容にはなっているが、歴史は一切語られていない。これは正に「ヒプマイ性」の表れであると言える。「ヒプマイ性」とは、ここでは「虚構を虚構でありながら真実と信じ込んで楽しむ性格」のことであるが、日本のディズニーパークに於いて、アトラクションの歴史や技術に不用意に踏み込むことは好まれていないのだ。それを多くのゲストは「夢が壊れる」などと呼んでいる。
【ディズニーランド・パークの「カリブの海賊」】
 

「夢の国・ディズニーランド」とは何か

「夢と魔法の王国」。東京ディズニーランドのコンセプトアイコンとなっているシンデレラ城にあやかって『シンデレラ』をモチーフにしてみる。
夢とは、シンデレラの抱いた憧れ、将来のビジョン、美しい未来、「こうだったらいいな」である。魔法とは、シンデレラを一時ながらプリンセスにした特別な効能である。シンデレラは、魔法の効果が解けた後でも夢を叶えることが出来た。それは正に「No matter how your heart is grieving, If you keep on believing The dream that you wish will come true」であり、「どれだけ悲しみに暮れていても、信じ続ければ、夢は叶うでしょう」なのである。
「夢の国」とは、単なる理想郷であり、それを実現する後押し、行動の伴わない表現である。それこそ二つの「受容」の文化が生んだ世界である。外国からの異質な文化を勝手にアレンジして取り込み、虚構を信じ込む体質が生んだ世界であるのではないだろうか(それが良い悪いは別であるが)。
 
かくして、みんなだいすき「夢の国・ディズニーランド」の錬成に成功したのだった!!
 

「夢の国・ディズニーランド」が孕む問題点

記事を執筆している2020年5月初旬、日本は非常事態宣言の下にあって、新型コロナウイルスに対する対応を余儀なくされている(この微妙な場ながら、医療関係者・需要加熱に対応される方々にお礼を申し上げたい)。
東京ディズニーリゾートはこれにあたり、同年2月29日から閉園する対応を取り、開園は状況を鑑みつつ延期を繰り返した。5月現在では閉園から二ヶ月経つことになる。
東京ディズニーランドは2020年に向け、『美女と野獣』『ベイマックス』などをモチーフにした750億円規模の大規模拡張計画を進めてきた。東京オリンピックパラリンピックの開催も意識し、「2020年度に入園者数、営業キャッシュ・フロー共に過去最高を目指す」とした。アトラクションお披露目直前での2ヶ月以上休園は傷どころの話では済まない。
その後、2011年の東日本大震災東京ディズニーシー10周年にぶつかったトラウマの様子を匂わせた。東京ディズニーリゾートを運営する株式会社オリエンタルランドは、一年間の休園を想定した経営体制を取っていることが大々的に報道されたのだ。これに対し、SNS上ではなんとも浅い分析とパークの性質を鑑みない言葉が多数寄せられる。
「高い入園料で儲けてきたんだから」とは最も多く寄せられる言葉の一つであるが、これに関して私は「夢の国」思想と絡めて異を唱えたい。

私の過去のツイートから単純計算を試みるが、現在東京ディズニーランド・シーとちらかのパークを一日楽しめるワンデーパスポートは大人価格で8200円だ。一方でアトラクション「センター・オブ・ジ・アース」の総工費は380億円であり、「タワー・オブ・テラー」は210億円、2019年オープンの「ソアリン:ファンタスティック・フライト」は180億円、「レイジング・スピリッツ」は80億円だ。単純に計算してみよう。「センター・オブ・ジ・アース」には463.5万人、「タワー・オブ・テラー」には256万人、「ソアリン:ファンタスティック・フライト」には219.5万人、「レイジング・スピリッツ」には97.5万人が乗車すれば良いことになる。「ワンデーパスポートを購入して、ひとつのアトラクションしか乗らなかった場合」である。実際は、1枚のワンデーパスポートでアトラクションを10個以上利用するとしたら、桁はひとつ増えることになる。スポンサーのついているアトラクションこそあれど、更に維持費・運営費・アトラクション以外の施設費などもまかなわなければいけない。これを見て、どうして「高い入園料で余裕で儲けている」と思うだろうか。本質は寧ろ「大量の入園者数で儲けている」点にあるのではないだろうか……と、どうして考えてもみないのだろうか。近年、東京ディズニーランド・シー総合した入場者数は年間3000万人を維持する段階である。こうなれば、上の数字にも納得できるのではないだろうか。
どうしてこのような思考プロセスに陥るかといえば、ディズニーランドが単なる「夢の国」であり、我々とは別の世界の話だと夢心地になっているからに他ならないのではないだろうか。「センター・オブ・ジ・アース」と「東京スカイツリー」は、時代間の貨幣価値の差を考慮してもほぼ同等の投資が成されている。東京ディズニーランドの2020年の大規模拡張計画では、「東京スカイツリー」がおよそ2本立つことになる。

「夢の国じゃなくて悪夢の国だ」などの言い草も、東京ディズニーリゾートの背景に私企業であり利潤を追い求める企業の存在をきちんと認めていない発言のように思える。

又、東京ディズニーリゾートのキャストの待遇に関して「やりがい搾取」を憂う言葉もあるが、これに関しても「夢の国」というワードに惑わされた的外れな表現が多々見られる。そもそも、キャストに必要以上の業務を求め続けているのは他でもない我々ゲストであり、そのゲスト自身がやりがい搾取を批判するような見出しを好むのは些か奇妙な現象である。

tamifuru-d777.hatenablog.com

それを加味しないとしても、だ。東京ディズニーリゾートの時給はアトラクションキャストが基礎1000円、手当てなどを含めると時間によって1200円~1550円。「掃除の人」ことカストーディアルキャストは基礎1050円、時間と手当てにより1250円~1613円。レストランのキッチンに立つカリナリーキャストは、基礎1150円、時間と手当てにより1350円~1738円。一番高額なナースキャストは、深夜帯22:00~1:00の間に時給2113円となる。

現在の東京都の最低賃金は1013円、東京ディズニーリゾートのある千葉県は923円であるから、これを大幅に超える数字だ。こうして初めて「やりがい」を積み上げていて、東京ディズニーリゾートが大好きだったり、興味があったりする者が立候補してくる。そしてやっとのことで「ハラスメント」や今回の「休園に際する補償」の問題が議論できるわけだが、今度はこれらの問題は「他の私企業のアルバイトと同様に解決すべき問題」に過ぎず、パーク外で「夢の国」のワードを持ち出すのは些か野暮というものだ。こうして見ていくと、株式会社オリエンタルランドがいくら昭和思想に毒されているとはいえ、とりわけ取り沙汰される問題でもない(解決を放置して良いとは同義でない)ということが解るだろう。


「夢が叶う場所・東京ディズニーリゾート」のために

東京ディズニーランドにとって、夢と魔法という二つの要素は欠かせないものだ。然し、「漢字性」と「ヒプマイ性」の二つの日本固有の性質が独自のディズニー観を誕生させたことにより、この考え方が捻じ曲がっているのではないかという仮説は、十分に通用しうるものだと思いこの記事を書いている。そして、そこから生まれた幾つかの弊害には、それなりの意識是正が必要なのではないかというのが筆者個人の所感である。

一日も早く、「夢が叶う場所・東京ディズニーリゾート」運営が再開することを心より祈っている。