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ディズニーワイド考察「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」

価値観のパラダイムシフトは、ほんの少しのきっかけさえあれば、何時でも起こり得る。

新型コロナウイルスの影響で日本はそれを要求された。オフィス主導の仕事スタイルが主流の社会に在宅ワークという新たな価値観が一般化し、これまで活躍できた人材が使い物にならなくなり、逆に長らく爪を隠した鷹が空へ飛び立つ。

そうした、絶えず変化し続ける場所とは、さながらディズニーパークのようである。ともなれば、ディズニーパークを訪れるゲスト──或いはディズニーパーク自身を価値観の天地変異が襲うこともまた必然であるというわけだ。

今回は、ディズニーパークに訪れる価値観のパラダイムシフトを紹介しながら、「『個性』時代の終焉と『人間性』の定義が変わる日」について考えていく。

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Key Words

東京ディズニーランド「テーマランド」

東京ディズニーシー「テーマポート」

東京ディズニーランド「ニューファンタジーランド

東京ディズニーランドプーさんのハニーハント

ディズニー・ハリウッド・スタジオ「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」

ディズニー映画『アナと雪の女王2』

ディズニー映画『スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け』

ディズニーゲーム「ディズニー ツイステッドワンダーランド」

ディズニーゲーム「キングダム ハーツ」

 ※各映画のネタバレあり

 「ディズニーワイド考察」と大層に銘打っているのは、表題通り「『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日」を考える上で、ディズニー映画、パーク、アトラクション、社会に於ける活動を幅広く扱うためである。

 

 

まえがき:「解り難さへの挑戦」へ

Think with Entertainments! というブログのタイトルは、「エンターテイメントを通して現代日本の魅力と問題を垣間見よう」という想いが込められている。エンターテイメントが我々に働きかける手法は多様化しているが、そうしたものの中から私たちなりに新たな気付きを得ようというのがブログの根幹コンセプトになっているのだ。

先日、『「漢字」と「ヒプマイ」を混ぜて「夢の国・ディズニーランド」を錬成する』という記事を執筆、「ヒプマイ」=「ヒプノシスマイク」界隈からも反応を頂いた。なるほとと興味深く楽しんでくださった方もいれば、惜しくも私の意図が伝わらなかった場合もあるようだ。

さて、本記事は2020/05/17現在、Think with Entertainments! 屈指の「わかりにくさ」を誇る。文中で示される内容の一部には共感を、一部には反感を、一部には困惑を覚えるだろうが、是非「解り難さへの挑戦」だと思って読んでくださると幸いだ。私もこの文章を通じて高度な思考の文章化へと挑む。いっしょに、かんがえよう。

tamifuru-d777.hatenablog.com

 

 

テーマエリアとは何か

東京ディズニーランドは、1983年に日本にオープンしたテーマパークで、後の2001年に東京ディズニーシーという第二のテーマパークを迎えた。

 

TDLとテーマランド

東京ディズニーランドを構成する五つのテーマランドは「ワールドバザール」「アドベンチャーランド」「ウエスタンランド」「ファンタジーランド」「トゥモローランド」であり、1992年に「クリッターカントリー」、1996年に「トゥーンタウン」を追加して現在は七つになっている。

1983年(或いはアメリカ合衆国カリフォルニア州にディズニーランドの登場した1950年代)に作られたいつつのテーマランドは、抽象的名称で以てテーマリングをする。この仕組みに則ると、「ウエスタンランド」「ワールドバザール」と「アドベンチャーランド」「ファンタジーランド」「トゥモローランド」とでは、その組成が大きく異なっていると解釈できる。

前者のテーマランドでは、「共通ストーリー」の存在がある。「ウエスタンランド」は西部アメリカを舞台として一貫した物語を展開しているし、「ワールドバザール」はひとつの街として独立した存在である。

後者のテーマランドでは、抽象的な物事のパッチワークが作り上げていると言える。例えば「アドベンチャーランド」にはポリネシアニューオーリンズが同時に存在しているし、どのエリアにも属さない部分があり「アドベンチャー=冒険」という一点が各施設を繋ぎとめている。「ファンタジーランド」に於いて、アトラクション「ピノキオの冒険旅行」の舞台はイタリア、「ピーターパン空の旅」ではロンドンとネバーランドだが、「ディズニー映画のファンタジー」という共通点で結びついている。「トゥモローランド」に於いても、「トゥモロー=未来→宇宙や技術」などの概念がテーマとなっていて、「モンスターズ・インク:ライド&ゴー・シーク!」と「スペース・マウンテン」は地続きになっていない。

更に時代が進行すると、「クリッターカントリー」と「トゥーンタウン」が現れる。「クリッターカントリー」は、ディズニー映画『南部の唄』をベースにしているし、「トゥーンタウン」は『ロジャー・ラビット』に則っている。

即ち、テーマランドとは三種類存在する。「テーマ=ワード」であるものと、「テーマ=ストーリー」であるもの、「テーマ=映画」であるものだ。「テーマ=ストーリー」であるものは、さながら「テーマ=映画」と似ているようであり、自由な舞台設定が可能な点で「テーマ=ワード」に近しいものである。

 

TDSとテーマポート

その後に現れた東京ディズニーシーは、「テーマ=ストーリー」を徹底したテーマパークである。

メディテレーニアンハーバー」は20世紀初頭の南ヨーロッパ、「アメリカンウォーターフロント」は20世紀初頭のアメリカ合衆国東海岸・ニューヨークとケープコッド、「ポートディスカバリー」は時空を超えた未来のマリーナ。「ロストリバーデルタ」は1930年代の中央アメリカと、具体的背景が与えられたテーマポートが共通した登場人物の元で動く。

一方「マーメイドラグーン」というのは、それぞれ映画『リトル・マーメイド』の世界に由来する世界観を共有しており、さながら「テーマ=映画」型なのである。

 

テーマエリアには三種類あった!

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テーマエリア分析表

 

ニューファンタジーランドとは何か

2020年、東京ディズニーランドに導入予定だった施設のひとつが「ニューファンタジーランド」だ。現在東京ディズニーランドに存在する「テーマ=ワード」型エリアであるファンタジーランドに、ディズニー映画『美女と野獣』をテーマにした「テーマ=映画」型エリアを導入しようという試みである。

このエリアが意味するのは即ち、「テーマ=ワード」型エリアの淘汰である。その点で、東京ディズニーランドファンタジーランドの沿革を見ていくと、大きな転換点となっているのは、アトラクション「プーさんのハニーハント」登場であるとわかる。

 

「ニューファンタジーランド」のルーツは「プーさんのハニーハント」説

プーさんのハニーハント」は、新規アトラクションとしてただオープンしたのみではない。アトラクション出口には併設ショップ「プーさんコーナー」が登場し、ディズニー映画『くまのプーさん 完全保存版』をベースに「くまのプーさん」シリーズのキャラクターのグッズが展開された。又、道を挟んだ向かい側には、プーさんの好物である蜂蜜に因んでか、ハニー味のポップコーンワゴンが設置されている。

こうして、「ニューファンタジーランド」に於ける「美女と野獣エリア」に先駆けてファンタジーランドの中に「くまのプーさんエリア」、これ即ち「テーマ=映画」型エリアを既に作り上げていたのである。こうした試みは、後の「モンスターズ・インク:ライド&ゴー・シーク!」に於いても行われた。

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カラー部分が筆者命名くまのプーさんエリア」だ!!

ここで、話は「ニューファンタジーランド」に戻る。

何を隠そう、この「ニューファンタジーランド」、とりわけ「美女と野獣エリア」とは、「くまのプーさんエリア」或いは「モンスターズ・インクエリア」の延長線上にある正統進化に過ぎないのである。「テーマ=ワード」型エリアに対する進化の手段の提供である、またはある種のテコ入れの方法であるこの方法は、実は2000年の「プーさんのハニーハント」に遡るのだ。

 

「ギャラクシーズ・エッジ」という完成形

くまのプーさんエリア」は「テーマ=ワード」型エリアに対して新たな解釈を与えるものであったが、新規で「テーマ=映画」型エリアを開発した例が「アラビアンコースト」「マーメイドラグーン」である。そして、その完成型こそが「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」なのであろう。

「アラビアンコースト」や「マーメイドラグーン」からは他のテーマポートが観測できるが、これが「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」では限りなく解消された。

このエリアはアメリカ合衆国カリフォルニア州のディズニーランド、フロリダ州のディズニー・ハリウッド・スタジオに存在し、フランス共和国ウォルト・ディズニー・スタジオ・パークにも建設予定。然し、フロリダ州のエリアのみ、2021年にホテルが開業予定だ。その名も「スター・ウォーズ:ギャラクティック・スタークルーザー」である。このホテルは、一度入ると二泊三日で「スター・ウォーズ」シリーズの世界を楽しめる、正にテーマエリアに宿泊するような感覚が得られる。

gigazine.net

こうなってしまうと、起床してから朝食をとり、一日を過ごし、夕食をとり、家族とボードゲームでもして、布団に入り、翌朝また起きるまですべてを「スター・ウォーズ」シリーズの中で終えることが出来る。正に「テーマ=スター・ウォーズ」型テーマエリアの完成形である。

 

「アナ雪」と「スターウォーズ」の最前線を追う

舞台は一変して、映画に移る。今回問題にするのは『アナと雪の女王2』と『スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け』である。

 

アナと雪の女王2』を観る

監督はクリス・バックジェニファー・リー、『アナと雪の女王』の続編であり監督に交代無し。日米共に2019年11月公開。

前作から3年後、アレンデール王国の人々とすっかり打ち解け平和な日々を過ごしていたエルサだったが、ある日彼女は自分を呼んでいる北からの「不思議な歌声」を聞き始める。その歌声に導かれ、彼女は妹のアナとクリストフ、オラフ、スヴェンと共に、自分の持つ力の秘密を解き明かすためアレンデール王国を越えて新しい旅に出る。

(Wikipediaアナと雪の女王2』項目より)

本作に於いてメインストーリーはエルサの自分探しである。エルサは何処からか聞こえる「不思議な歌声」に導かれて森の中へと入っていく。そして、過去にいがみあったというノーサルドラの不思議な森へと足を踏み入れる。

 

余談:筆者と『アナと雪の女王2』

個人的に凄く好きな作品である。暗く美しいややダークな映画であるが、楽曲はどれも綺麗である。個人的に「恋の迷子」が大好き。余談終わり。

 

スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け(EP9)』を観る

監督は「フォースの覚醒(EP7)」のJ.J.エイブラムス。「スカイウォーカーの夜明け」はエピソード9にあたる。

死者の口が開いた!復讐を誓う元皇帝パルパティーンの声が銀河中に響き渡る。
レイア・オーガナ将軍が情報収集を命じる中、ジェダイ最後の希望レイはファースト・オーダーとの最終決戦に備えていた。
ファースト・オーダーの最高指導者カイロ・レンは自らによる銀河の支配を脅かす皇帝の幻影を、怒りを力に変えて追っていた。

(『スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け』オープニングロールより)

 本作の主題は幾つかあるが、ひとつは主人公レイの自分探しの旅である。フォースを操るジェダイとして訓練を積むレイは、フォースの暗黒面を操るカイロ・レンから「レイは誰でもない」とされていた。然し作中、突如指から閃光を発してしまう(いわゆる「フォース・ライトニング」)。それからレイは自分で自分を恐れるようになる。

 

余談:筆者と「スカイウォーカーの夜明け」

個人的に好きな作品ではあるが、決して出来が良いとは言い切れないとも感じる。今柵については賛否が大きく別れるが、その旨について今回は扱わない。詳しくは過去の記事に書いているので興味があれば以下のリンクからどうぞ。

スター・ウォーズのディズニー3部作とは何だったのか - Think with Entertainments!

 

「自分探し」の変質

そもそも、この「自分探し」とはディズニー映画に於いて大きなブームとなっている。耳の大きな象ダンボを描いた『ダンボ』は2018年3月の映画で、1940年代のアニメを実写化する試みである。監督のティム・バートンは自身の過去の経験をダンボと重ね合わせていたといい、「ありのままの自分である」ことを説く内容だ。その後2018年12月の『シュガー・ラッシュ:オンライン』、2019年7月の『トイ・ストーリー4』と一貫して「自分の人生は自分で決める」「自分が本当に大切にしているものって何?」を描いてきた。そして往々にして、アメリカ合衆国では大絶賛、日本では賛否両論を繰り広げてきた。

又、それとは完全に別箇で「プリンセス解放運動」も興っていた。初期のディズニー映画、とくに第一次ディズニー黄金期と呼ばれる期間の『白雪姫』『シンデレラ』のような作品では、「女性は素敵な男性を待つもの」「女性は美しい結婚を望むもの」とされていた。次いで1990年代に繰り広げられた第二次ディズニー黄金期では、『リトル・マーメイド』のアリエル、『美女と野獣』のベル、『アラジン』のジャスミンといったプリンセスが現れ「女性は自ら外に飛び出していくもの」「女性だって自分の恋愛をするもの」と流れを変えた。そして、2010年代に入り『シュガー・ラッシュ』もとい『シュガー・ラッシュ:オンライン』のヴァネロペや『モアナと伝説の海』のモアナが登場して、「女性は必ずしも結婚したいわけじゃない」とついに解放された。2013年の『アナと雪の女王』では、エルサとアナの二人のプリンセスが登場、エルサは女王の座につき、アナはクリストフと恋に落ちて、どちらの道も示した。

その系譜の最先端に置かれるのが『アナと雪の女王2』である。

ノーサルドラとアレンデール王国は対立関係にあった。エルサとアナは自身がアレンデール王国の王子とノーサルドラの少女の間に生まれたという事実を知る。エルサの魔法はノーサルドラから与えられた自然的力だと知る。そして、エルサはノーサルドラで暮らし、アナはアレンデールの女王として正しい国を作ることを誓う。それは正に各人の思う「本当の自分」を「見つける」ということに他ならない。

 

一ヶ月で起きた「アナ雪の夜明け」

アナと雪の女王2』からおおよそ一ヵ月後に『スター・ウォーズ:スカイウォーカーの夜明け』が公開されるわけだが、ここであっさり「アナ雪の夜明け」を達成してしまった。『アナと雪の女王』がプリンセスに対し「結婚」と「自由」という双方の見解を示したように、「スカイウォーカーの夜明け」もまた相反する結末を提供する。

「スカイウォーカーの夜明け」は、「もしもアナとエルサの祖先が、拒むべき人間だったら」という物語であると言える。

「スカイウォーカーの夜明け」では、アナとエルサの父も母もアレンデールの王族である。過去にノーサルドラを迫害し、彼らを森の中に閉じ込める。そんな両親を持ったアナとエルサは、親の足枷の元で足を引き摺って生きるべきなのだろうか? それとも、その足枷を外して新たな道にすすむべきだろうか? 親のつけた足枷から、どんなことを感じるだろうか? 本作では、アナをカイロ・レン、エルサをレイに置き換えてそんな「アナ雪の夜明け」を演出している。

カイロ・レンはファースト・オーダーという(映画上)悪の一味のトップでありながら、父がハン・ソロ、母がレイア・オーガナ(後にスカイウォーカーと発覚)である。彼は祖父アナキン・スカイウォーカーがダースベイダーとなったことに影響を受け、ベン・ソロの名を捨てカイロ・レンとなる。然し本作ではカイロ・レンという人格が死に、ベン・ソロだけが残る。彼は、ソロという名前の下でフォースの暗黒面を捨て、正義の道へと向かったのだ。今思えば、アナキン・スカイウォーカーもまた、同様の人物であった。彼も一度暗黒面の道に転じたが、そこから復帰を遂げた人物だ。ベン・ソロはスカイウォーカーの意志も受け継ぐ。こうして、血統を受け継いで彼なりのオーダー《様式》を継承することが、ベン・ソロという男のやり口だった。

一方「スカイウォーカーの夜明け」でレイはパルパティーンの孫であると明かされる。パルパティーンといえば謀って銀河帝国皇帝の座についたフォースの暗黒面を操るシスの権威であり、暴君としての一面を見せた人物だ。レイは正義の立場でありながら、悪の権化と血のつながりがある人物だった。レイは映画の最後に名を聞かれ「レイ・スカイウォーカー」と答える。それは、「もしもエルサの両親が、ノーサルドラ殲滅を目論む単なる悪の権化だったら」という物語なのである。パルパティーンから解放され、本当の自分を新たに生み出す。そして、スカイウォーカーという道を選ぶ。これは言わば、繋がれた血統から・運命から・個性からの解放であり、自身で個性を創っていくことが可能であるということに他ならない。

 

 「ツイステ」は何がTwisted《ツイステッド》されているのか?

現在日本中を席巻する一大ムーブメントとなっているのがゲーム「ツイステッド・ワンダーランド」である。

この物語が描くのは、「悪役たち」《ヴィランズ》の真の姿──


魔法の鏡に導かれ、異世界「ツイステッドワンダーランド」に召喚されてしまった主人公。
辿り着いた先は名門魔法士養成学校「ナイトレイブンカレッジ」。
行く当てのない主人公は、仮面の学園長の保護を受け、元の世界へ帰る方法を探し始める。
しかし、そこで待ち受けていた生徒たちは、才能豊かだが、協調性皆無の問題児ばかりだった!
はたして主人公は、彼らと協力し、元の世界へ帰ることができるのか?
そして、ヴィランズの魂を持つ、生徒たちの秘密とは?

(「ディズニー ツイステッドワンダーランド」公式ウェブサイトより)

twisted-wonderland.aniplex.co.jp

ちなみに、筆者は未プレイのため、公式ホームページを嘗め回すように解釈して記事にしている。その点ご容赦を。

 

「キンハー」と「ツイステ」は何が違うの?

ディズニーのゲームといえば「キングダム ハーツ」があるじゃないか!

www.jp.square-enix.com

2002年に登場した「キンハー」は、ディズニーとスクウェア・エニックスが組んで製作したアクションRPGである。

この「キンハー」と「ツイステ」の間にある大きな違いは、「主体」つまりプレイヤーと「客体」つまり世界観である。ここで「主体」とは見る者、「客体」とは見られる者ということになる。

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日本のディズニーゲームの主体と客体

 

「キンハー」のストーリーでは、スクウェア・エニックスが製作したキャラクター、日本のアニメーションやゲームの世界から登場したような姿のソラが主人公である。そして、そこにドナルドとグーフィーが同行して、ディズニー映画の世界を旅する。ここで主体=見る者は日本的ビジュアルの主人公ソラ、客体=冒険する世界観はディズニー映画の世界である。

一方、「ツイステッドワンダーランド」では、同名の謎の異世界に転生したプレイヤーが、ナイトレイブンカレッジという学校に迷い込む。そして、ディズニー映画の七人のヴィランズそれぞれを崇拝する七つの寮と、そこに在籍するキャラクターが登場する。そして、キャラクターデザイン、原案、シナリオは漫画家の枢やな氏が担当している。つまり、客体=迷い込む世界観が日本的なものとなっている。上の表を確認していただければわかるとおり、「ツイステッドワンダーランド」のゲームはもとよりディズニー映画の世界が一度「Twisted」された世界であり、本質的にディズニー映画の世界が登場しない。あくまでモチーフとして仄めかされているのみであり、ナマのディズニーは登場しないのである。

事実、Twitter上では、各寮のキャラクターたちは寮のモデルとなったヴィランと面識がなく、あくまで歴史上の人物として崇拝しているのみに過ぎないのでは? という声が上がっている。

2002年登場の「キンハー」と2020年の「ツイステッドワンダーランド」の18年では、スマートフォンの普及をはじめ幾つもの価値観変化が起こっていた。そうしたものに併せて、ディズニーのゲーム戦略も変化しつつあるということだろう。

「ツイステッドワンダーランド」は、「ディズニー映画の世界が一度"Twisted"された世界」なのだ。

 

『個性』時代の夜明けと『人間性』の定義が変わる日

平均上昇と個性沈没

さて、こうしたディズニー情勢を鑑みて、これからの話をしよう。

世界では近年「個性」と「自由」が重んじられてきた。

www.youtube.com

とりわけ日本に激震が走ったのは、YouTube動画投稿によって生計を立てるYouTuberを起用したYouTubeの広告「好きなことで、生きていく」だろうか。そういえば、2015年に33億円だった日本国内のYouTube市場は、19年に400億円へと膨れ上がった。10倍以上だ。SNSの発達により、誰もが自分の日常や興味を発信できる時代になった。2007年には「ワーク・ライフ・バランス」、近年になって「働き方改革」というキーワードも登場した。

然し、これにより面白い現象が起きる。

forbesjapan.com

「個性」「個性」「個性」と個性が並びに並んだ結果、「個性がありすぎる」のだ。作品の平均レベルは急激に上がり、これまで世に出なかった素晴らしい作品が多数発見できるようになったのは素晴らしいインターネットの魅力だ。然しその影で、個性が重視された世界が進行しすぎて、「個性がある」というひとくくりが誕生してしまったのである。

 

テーマ=映画型エリア、アナ雪の夜明け、ツイステによる手ほどき

さて、これまでテーマエリア、アナ雪の夜明け、ツイステと三つの「世界の変遷」を見てきたが、これらは個性の埋没に対抗する手段として存在する。そこには、個性の更に先に存在する唯一性が関係している。

「テーマ=映画」型エリアは、「テーマ=ワード」型エリアの進化方法のひとつであるという側面があるというのは記載した通りだ。「ファンタジーランド」にある「ホーンテッドマンション」や「ピーターパン空の旅」は、「ファンタジー」というワードにくくられているから、当初こそ魅力的なもののそこには「個性がある」というひとくくりが誕生してしまっている。そこに唯一性を与えるのが「テーマ=映画」型エリアであるというわけだ。

こうしたテーマエリアの構成にしておけば、逆説的に「ファンタジーという個性の中に一緒くたにされる」ということが無くなる。それは、「ファンタジーランド」の中に生身で存在する「ピノキオの冒険旅行」や「ピーターパン空の旅」と異なり、「テーマ=映画」型ミニエリアをクッションにし、自分の牙城に好きなアトラクションやショップ、レストランを展開できるためである。「『美女と野獣』のエリアに来たんだ」という前提がある以上、アトラクションやショップ、レストランは総合演出として一体となっている。そして、本質的に別物なものを一点のキーワードで集めた世界ではなく、「他になく、それしか有り得ない」「唯一性のある」エリアとして進化していく。

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左「ファンタジーランド」・右「美女と野獣エリア」

これが詭弁的に登場した「テーマ=映画」型エリアであるから問題がややこしいが、他のエリアではより顕著である。

又、「アナ雪の夜明け」とは正に同様のことを語っている。レイがスカイウォーカーと名乗ることは、血統や「自分がどう在るか」というアイデンティティに軸足を置いていない。「自分がどう在りたいか」に根拠がある。「『パルパティーン』だろうが『スカイウォーカー』だろうが『無名』だろうが、私はレイなのである。だから、私は私の道を行く」という宣言である。そこで重要視されているのは「レイがレイであること」である。それは「在るべき論」の中から真実を選んだエルサとは趣が異なり、「在りたい論」から真実を選ぶのである。繰り返すが、そこにあるのは「ジェダイである必要性」でもなく「スカイウォーカーである必要性」でもなく、「レイの唯一性」なのではないだろうか。

「キンハー」と「ツイステ」の変遷にも同様のことが言える。「ツイステ」は、「ディズニーという個性」から解放された「ツイステの唯一性」を追ったコンテンツなのである。エッセンスに留まるディズニー映画の世界はリスペクトされ、本質的には「オリジナルコンテンツ」である。「ツイステ」を揶揄する声として「公式の二次創作」というものがあるが、それもそのはずである。もし、「ツイステ」の世界にディズニー映画の世界やディズニーヴィランズ本人がプレイアブルキャラクターと直接接触する形で万一でも登場してしまえば、それは「ディズニーという個性」の呪縛にとらわれた「個性があるというひとくくり」に属する作品となってしまう。

人間性』の定義が変わる日

人間性は、人間の心理的性質のことである。学問的には、主に哲学や人文学などの文科系学問により研究されてきた。日常的にも、用いられる言葉である。

(Wikipedia人間性』項目より)

個性の埋没が進行する中、私は「人間性」という言葉に新たな意味を与えたい。元来の「人間性」とは人間の心理のことを意味しているわけだが、ここに唯一性に近しい意味合いを持たせることは可能だろうか。

SNSの発達が生んだ「誰でも発信できる社会」は、「一番にならなくても良い社会」を生んだ。これまで、100万人に売って10万人を養ってきた会社は、100人に売り10人を養えばいい社会に変化していく。それは、先に挙げたSNSのシェア数とコンテンツ過多の関係を見ても判る通りだ。また、インターネットを用いれば個人でもなんとか稼業を営むことが可能になってきた。

そうなると、消費者の選択肢は必然的に広がる。300万人の牌があったとして、これまで1社100万人=3社で相手していたところが、1社100人=10000社で契約することになる(無論、大企業が消滅することはないので、これは極端な例だと言えるが)。

ともすれば、最早「個性があるというひとくくり」により支配された世界で私たちが取引先を選ぶ方法が人間性しかなくなるのである。

「この人がすき」「この人を応援したい」というような「あなたじゃなきゃだめなの」という理由を幾つか積んでいくことで、店舗や個人は客を獲得する必要がある。それは、「美女と野獣じゃなきゃだめなの」であり「レイじゃなきゃだめなの」であり「ツイステじゃなきゃだめなの」である。

こうした物事の唯一性を表現する言葉として人間性を使うことは出来ないだろうか。

 

おわりに:新たな「人間性」の世界で生きる

これからの未来では、そうした意味での「人間性」が必要になってくるのではないだろうか──とは言うものの、「人間性を育む」などという言葉がこの文脈で通用するわけもあるまい。「人間性」とは「あなたがあなたであること」そのものなのだから。

「解り難さへの挑戦」、お楽しみ頂けただろうか。本文の意図は伝わっただろうか。伝わった、伝わらないに関わらず、「TamifuruDのブログが読みたい」と言って頂けるように書いていきたいものである。