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テーマパークに行くな、“組み込まれろ”!

テーマパーク。

東京ディズニーランド、シー(以下それぞれTDLTDSを使用)、そしてユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下USJを使用)、ハウステンボス(以下HTBを使用)、そしてテーマパークの精神を受け継いだ数々の商業施設が日本には溢れている。

テーマパークでみなさんはどのように楽しむだろうか? 或いは、テーマパークをどのように楽しむだろうか?

今回は、三本立ての目次を用意した。テーマパークの本質を紹介したのち、旅の本質を探る。そして最後には「テーマパークならではの楽しみ方」について追求してみよう。「ああ、テーマパークって素晴らしい!」と思わず叫びたくなるような、新しい捉え方でパークを訪れてみてほしい。

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序・テーマパークとは何か

テーマパークの定義

テーマパークとは何か、先ずは辞書的な意味に答えを求めるところから始めようと思う。

(和製英語Thema Park)催し物や展示物をある主題のもとに統一して構成した遊園地。

(広辞苑第六版『テーマ-パーク』より)

広辞苑に掲載の意味はやや狭義的だ。

テーマパーク(英語: theme park)は、日本では、特定のテーマ(特定の国の文化や、物語、映画、時代)をベースに全ひれ体が演出された観光施設を指す。娯楽やレジャー、知的好奇心を触発する各種趣向などを盛り込み、遊園地、動物園、水族館、博物館、ホテル、商業施設などを併設することもある。なお、日本以外の国においてはテーマパークと遊園地は区別されていないことが多い。

(Wikipedia『テーマパーク - 特定のテーマをベースに全体が演出された観光施設』より/「全ひれ体」は恐らく「全体」のこと)

Wikipediaは、広辞苑の「遊園地」という定義の部分をやや広く取っている。こちらを引用してみるとテーマパークとは①特定のテーマに基づき②全体が演出された③観光施設である。

例えば、東京ディズニーランドでみてみよう。

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東京ディズニーランド入れ子構造

 

東京ディズニーランドは、「ディズニー」というテーマに基づき全体が演出された観光施設だ。

東京ディズニーランド内のエリア区分「ウエスタンランド」はディズニーというテーマに修飾される。ジェットコースタータイプのアトラクション「ビッグサンダー・マウンテン」は「ディズニー」「ウエスタン」に修飾される。そして、アトラクションで見られる例えば鉱山労働者の小屋は「ディズニー」「ウエスタン」「ビッグサンダー・マウンテン」に修飾される。すべての施設に於いてこの前提を堅持することが基本的には求められている(後述する幾つかの例外を除く)。かくして、「ディズニー」というテーマに基づき全体が演出された観光施設としての東京ディズニーランドが完成する。

これが、テーマパークの基本構造である。そのため、テーマパークのアイデンティティは①どのようなテーマを設置するか、②どのように全体に演出するか、③どのように観光施設としての役割を果たすかにかかっている。

先ず、①について、東京ディズニーランドやシーは「ディズニー」、USJは「世界最高のエンターテイメント」、HTBは「中世オランダ」などのテーマを設ける。

又、並列して、TDLTDSは「ファミリー・エンターテイメント」をテーマに全世代に向けたアプローチをしている。USJの理念は2020年から「NO LIMIT!」になり、エネルギッシュな印象を与える。HTBのアプローチは上の三パークとは異なり、「人と自然が共存する新しい街」「自然の息づかいを肌で感じることのできる新しい空間」を目指したある意味「再現都市」の趣がある。

次に、②どのようにして全体を演出するかという側面に入っていくが、これは後述することにしよう。

最後に③観光施設としての構造を持つ必要がある。東京ディズニーランドやシーは「イベント」「アトラクション」「パレード/ショー」「ショップ」「レストラン」「サービス施設」を設け、これらには必ず背景となるストーリーが存在するということにしている。USJでは、「アトラクション」「イベント」「レストラン」「ショップ」を設置していて、スタジオの中のセットを通してこれらを体験できる。ハウステンボスは「ホテル」「アトラクション」「ショップ」「グルメ」でテーマを表現する。なお、これらは、それぞれ公式ホームページに表記に依拠しているが、筆者が独断で一部を切り出したため、よろしければ各ページの方でご確認頂きたい。

テーマパークを最終的に分析すると、どうやら①テーマ、②方法論、③観光施設という3要素がテーマパークをテーマパークたらしめているのだとわかる。

 

【公式】東京ディズニーリゾート・オフィシャルウェブサイト | 東京ディズニーリゾート

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン|USJ

HTB|ハウステンボスリゾート

 

テーマパークの構造認識を細かくする

東京ディズニーランドを例に出して解説したテーマパークの構造に於いて、テーマパークとは入れ子構造で表されるものであることを確認した。鉄砲やピッケルひとつとっても、そこには「ディズニー」「ウエスタン」「ビッグサンダー・マウンテン」「鉱山労働者の小屋」などのテーマが一斉に重なっている。そして、その随所には①テーマ、③観光施設が存在した。然し、この入れ子構造をより細かく分解することを試みる。

糸口は、たった少し上の文と矛盾するが、「最終的にテーマパークが表現するのはテーマではない」という側面であり、又は入れ子構造では②方法論が記載されないことである。現実世界に現出されるもの、テーマパークが最終的に表現するものは「観光施設」である一方で、テーマとは主題、題目のことである。これは抽象的概念で、具体的に現実世界に現出されることがない。①と③の中継ぎをする②について上記の入れ子図に仲間入りさせてあげるため、今から少し細工を施してみることにしたい。

 

電子レンジ=テーマパーク?!

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電子レンジの仕組み

上の図を御覧頂きたい。
上の図では、電子レンジがどのようにして作られているか、その仕組みを示している。どうして突然「電子レンジ」の例なのか。それは端的に、テーマパーク──ひいては、エンターテイメント全体に関わる新たな構造形体が、実はまったく近くに存在していることを証明するためである。

人間は食べ物を食べる。そして、時折調理をする。動物や植物を刻んだり、焼いたり、煮たりして口へ運ぶが、最も原始的なその営みの過程を見てみよう。

第一に、「キッチン」という舞台は料理をする場所で、その中には「温める」という分野が存在する。つまり、温めるは料理という行為の一パーツである。この温める分野の中に「電子レンジ」が登場する。電子レンジは温めるという行為のパーツである。電子レンジがマイクロ波加熱を行うために必要なのが「真空管」である。文字通り、真空管は電子レンジのパーツである。この真空管のパーツが……とこのように分解できる。

さて、このようにしてみると、物というのは何らかの「母」なる分野があって、その中に「子」なる分野が内包されているらしい。又、「温める」内での「電子レンジ」はパーツのひとつに過ぎないのに対し、「電子レンジ」と「真空管」の関係に於いては、電子レンジが全体として振舞う。目的としての「電子レンジ」と、主題としての「電子レンジ」には、その存在意義について微妙な違いを分解できる(実際は重なっているから日常的にはこの違いを無視している)。この場合「キッチン」「温める」「電子レンジ」「真空管」はすべて現出された行為や物体であって、決して抽象概念ではない。然し、この仕組みを綿密に捉えることこそ、テーマパークを真に理解する礎となるのだ。

ところで、この構造を上下に拡張していってみよう。キッチンは家のパーツ、家は住処のパーツ、住処は生活のパーツ、生活は人生のパーツ、人生は人間のパーツで、人間は社会のパーツ、社会は生態系のパーツ、生態系は地球環境のパーツ、地球は太陽系のパーツ、太陽系は宇宙のパーツである。逆に、電子レンジの一部である真空管を分解していくと最終的には原子を構成する陽子や陰子、中性子の範囲まで話が及ぶ。これを簡略化せずに書き込むと、実質的に、社会は無限の「母→子構造」であることが言える。

 

テーマパークの「新しい構造」

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ビッグサンダー・マウンテンの新しい構造


最大となっているテーマは「ディズニー」で、これはあくまで抽象概念であろう。それを一度「東京ディズニーランド」に現出、今度は東京ディズニーランドをテーマへと抽象化して「ウエスタンランド」を現出、ウエスタンランドを抽象化して「ビッグサンダー・マウンテン」を現出、ビッグサンダー・マウンテンはテーマと化し、そこへ「鉱山労働者の小屋」などが現れる……本来の形はどちらかと言えばこちらである。ここで言うテーマとは抽象的イメージのこと、パーツとは実際に現出される観光施設のことである。そして、数珠のような連なりがその方法を体現している。

つまり、テーマパークとは「テーマを基にしたパーツを作り、そのパーツをテーマにしたパーツを作り、これを繰り返す」というのが私の見解である。無論、これの根本にあるのは入れ子構造であるから、下流のパーツは上流にあるすべてのテーマを背負っているということになる。その点から、私はこの構造を「テーマパークの遺伝構造」と名付けたい。

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テーマパークの遺伝構造

「パーツの中にパーツを作ってもいいのではないか」というご意見は最もだろう。確かに、テーマとパーツにいちいち乖離させることに大きな意味があるとは思えない。そもそも、本記事の既に約3000文字が形而上の文字の定義の話に終始しており、そこにどのような生産性があるのかと問われれば私も口を噤む他ない。

だが、ここでひとつ確認しておきたいのは、「テーマはあくまでテーマだ」ということだ。

 

「テーマ」の利点と、テーマパークの「ズル」

ズル1:本物≠本物

ハイパーリアルは筆者が過去に何度も取り上げてきたが、この文脈で改めて取り上げてみるのもまた面白い。ハイパーリアルとは簡潔に言うと「本物より本物らしい」というものだ。

最も有名且つ顕著な例に、日本人俳優・声優の演技が挙げられる。日本の声優による演技や吹き替えは、日常生活から俯瞰してみたら明らかに不自然な物言いや感情表現に依拠するものが多い。理由は「そのほうが本心のように聞こえるから」だ。

そもそも、カメラを通して撮影された映像である時点で、それは三次元情報を二次元情報に圧縮したもので、現実の世界よりも情報は少なくなっている。カメラを通して素の状態(=本物の状態)を映した場合、カメラを通して情報量が少なくなっているから、逆にこれが偽物のように見えてしまう。特にアニメでは、平面上の謂わば動くイラストに声を当てる必要があるため、尚更視覚情報が少ない。こうしたものに声や演技をつけるならば、メディアの性質上受け取ることの出来る情報量が少ない分を、他の方法──この場合は演技で──上乗せすることの妥当性がご理解頂けるだろう。こうして生まれるのが、「偽物だが本物よりも本物らしい状態」、即ち「ハイパーリアル」状態である。

又、ジブリの作品でも意図的にこうした手法が導入されている場合が多い。ジブリ映画の食事シーンが美味しそうに見えるのは、アニメーションという性質により削れた分の情報量を「本来なら有り得ない誇張された描写」で補うからだ。「ジブリっぽい雲」という単語が確立している件もある。実際の現実世界の雲が、ジブリ作品に似ているというわけだ(本来はジブリ作品の方がアニメーションの雲=偽物の雲を描いているにも関わらずだ!)。

 

テーマパークと本物志向

これが、テーマパークにどう影響するのだろうか。

テーマパークに於いては往々にして再現性が求められる。それは、テーマパークが性質上三次元世界、謂わば我々の日常と同様の次元に成り立っているからであると思われる。アニメーションの場合、非現実的で写実性に富まない描写があったとしても、二次元世界の出来事であるから容認されやすい。テーマパークは三次元世界であり、限りなく日常世界と同様の構造をしているから、日常世界と同様の情報圧が求められるのである。TDLのエリア「トゥーンタウン」などはそもそも「虚構の世界に入ること」を「テーマ」としているからこれに矛盾するが、「実在しそうな虚構の世界」を作らねばいけないというこじれた事情もある。そのため、再現性を高めるためにハイパーリアルを用いる。

テーマパークでのハイパーリアルについては、TDSのエリア「アメリカンウォーターフロント」がわかりやすい。関東学院大学の新井克弥教授が、著書『ディズニーランドの社会学 脱ディズニー化するTDR』の中でハイパーリアルの説明に同エリアを用いており、以下はそれを引用したものである。

アメリカンウォーターフロントのハイパーリアリティー

TDRはこのようなハイパーリアルに基づいたテーマで構成されている。再びTDSのアメリカンウォーターフロントに戻ろう。前述したように、このエリアの一部は二十世紀初頭のニューヨーク・マンハッタンというテーマ設定になっているが、施設やアトラクションは微妙に年代や事実関係がずれている。

タワー・オブ・テラーは十九世紀末の摩天楼勃興期のデザイン、ブロードウェイ・ミュージックシアターで繰り広げられているショーのビッグバンドビートは一九三〇年代に流行したビッグバンドジャズ。例えば、ミッキーがドラム合戦を繰り広げるが極「シング・シング・シング」は三八年にベニー・グッドマン楽団が流行させたものだ。トイ・ストーリー・マニア!は、ニューヨークを走るトロリー列車の終点にある移動遊園地トイビル・トロリーパークのアトラクションの一つという設定になっているが、ニューヨークの移動遊園地は、どちらかといえばマンハッタンというよりはコニー・アイランドなどニューヨーク近郊のビーチが中心である*1(中略)。レストラン櫻は魚市場を日本人移民が改装してオープンしたシーフード主体の和食レストランだが、ニューヨークで和食がもてはやされるようになるのは八〇年代以降だ。

つまり、こんなニューヨークは当時は実際には存在しなかった。

(以下略)

(新井克弥氏『ディズニーランドの社会学 脱ディズニー化するTDR』青弓社/定価1600円+税より、91~92ページ引用)

これが、テーマパークやり口である。これが出来るのは、「20世紀初頭のニューヨーク」が「パーツ」という謂わば絶対的で具体的なものではなく、あくまで大元として扱われる「テーマ」、抽象的で具現化しないものだからである。

他には、映画的手法を利用した例もある。有名なのは、TDRUSJの一部の建物は、高い位置ほど縮尺が小さくなっていくというものだ。TDLのエリア「ワールドバザール」はアメリカ合衆国ミズーリ州はマーセリンののどかな街並みを再現しているが、一階部分を10として、二階部分を7、三階部分を5(つまり1階の半分)の割合で設計している。これが遠近法を刺激して、実際よりも建物が高く見えるというわけだ。これも「本物よりも本物らしく作る」例と言えるだろう。

その仕組みを利用して、客に見せたい景色を見せるための偽物を意図的に作るというわけだ。「二十世紀初頭のニューヨーク」とか「ゴールドラッシュのカリフォルニア」とかに我々が持つイメージと、実際の当時の状況を鑑みて、その差──情報の質か量かに関わらず──を埋めるために、ハイパーリアルを用いるのである。

 

ズル2:物語を創る

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ソアリン:ファンタスティック・フライトの遺伝構造

さて、テーマパークに於いて、テーマの中にパーツという役割をつくるのには一定の意味がある。具体化したパーツとパーツから新たなストーリーを作り、このストーリーの中に新たなパーツを創作出来るのだ。

 上の図は、TDSのオープンした2001年から約20年を経て、後出しで2019年に登場したアトラクション「ソアリン:ファンタスティック・フライト」を図式化したものである。メディテレーニアンハーバーの舞台となっている20世紀初頭の南ヨーロッパ、とりわけイタリアと、「ソアリン:ファンタスティック・フライト」のストーリーには一見直接重なる点はないように見える。

メディテレーニアンハーバーの丘に建つ博物館、ファンタスティック・フライト・ミュージアム。さまざまな展示物を見ながら館内を巡り、最後に特別展のハイライトである空飛ぶ乗り物、ドリームフライヤーに乗り込むと・・・。

(東京ディズニーリゾート公式ウェブサイト「ソアリン:ファンタスティック・フライト」より)

では、どうしてこのアトラクションをメディテレーニアンハーバーに設置したのか、土地面や資金面を度外視してストーリーの面から考えてみる(その場合、正確には「どうして設置できたのか?」になるか)。

上の図に従って説明すると、先ず、メディテレーニアンハーバーには「S.E.A.」という組織が2001年から存在した。このS.E.A.は、スペインやポルトガル、イタリアなど出身の大航海時代の探検家や、ルネサンスの芸術家や科学者を集めた学会で、南ヨーロッパというテーマをきちんと継承されている。

他方、イタリアの伝統的な即興劇「コンメディア・デッラルテ」をモチーフにしたショー、2001年から06年まで公演した「ポルト・パラディーゾ・ウォーターカーニバル」があった。このショーに於いて用いられる主題歌が「Listen to the Sea」つまり「海の声を聞け」である。海は言葉を持たないため、この言葉は海の言いたいことを悟る・想像することを促すことになる。又、ショー中の台詞では「みなさん、イマジネーションの翼を広げてください、さあ、いっしょに飛び立ちましょう!」と言われている。ポルト・パラディーゾに伝わる伝説の物語がこのエリアには事前に設定されており、そこには「イマジネーション」「想像力」が大きく関わっているのだ。

これらを繋ぐ「物語」によって、共通のテーマを半ば無理矢理作り出すことで、その中に産み落とされたパーツこそが「ファンタスティック・フライト・ミュージアム」なのである。だから、「ソアリン:ファンタスティック・フライト」は直接上流にあるテーマと関係のないストーリーながら、メディテレーニアンハーバーに存在するのである。これは、「ニューヨーク→摩天楼→タワー・オブ・テラー」などのひとつの系の中に位置づけられた施設と異なる趣を持つ。そしてこれこそが、「上流のテーマから逸脱してもいい例外」なのである。上流のテーマと結びつくのは後からでも一向に構わないから。

ちなみに、「ソアリン:ファンタスティック・フライト」はその後独自のテーマを持った。それは「イマジネーションや夢を見る力があれば、時空を超え、どこにでも行くことができる」ということである。

ここからは筆者の主観だが、これは、S.E.A.名誉会員のフェルディナンド・マゼランと彼の艦隊が達成した「世界一周」と、ウォーターカーニバルの台詞とキーワードを総合したものである。「イマジネーションや夢を見る力があれば、時空を超え、どこにでも行くことができる」とは、ファンタスティック・フライト・ミュージアムの館長だったカメリア・ファルコの言葉の引用だが、彼女は「世界中の人と『空が飛びたい』という夢を共有した」と語っている。その夢を叶えるために、彼女は、仲間と共にドリームフライヤーを作った。このドリームフライヤーは、「夢を見る力とイマジネーション」によって飛ぶことができるとされているのだ。これは謂わば、大航海時代ならぬ「大航空時代」に生きた、征服と権益を伴わない純粋な世界一周であり、マゼランに対する最大限のリスペクトなのではなかろうか。

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テーマパークとストーリーの関係

ここで付け加えておくのが、「テーマの遺伝性」とストーリーの関係についてだ。ストーリーのこの際の役割は「テーマの遺伝を強めること」である。

「ソアリン:ファンタスティック・フライト」は、ディズニーが製作する以上「ディズニー」というテーマを、TDSに作る以上「東京ディズニーシー」というテーマを継承しているが、「東京ディズニーシー」から「ソアリン:ファンタスティック・フライト」へ繋がるようでは、些かバトンが短すぎる。つまり、テーマ→パーツ遺伝構造への参入が不十分であり、リアリティがない。そこで、ストーリーという「ズル」──言い換えれば助け舟を使って継承の後手に回り、テーマの継承量を増やすし、リアリティを増すのである。ストーリーを作ることで「ソアリン:ファンタスティック・フライト」に至るまでに通過するテーマとパーツは増えるし、こうすれば後付的に「メディテレーニアンハーバー」というテーマ内に収めることも容易になる。

 

どうして、「テーマ」は「ズル」をするのか?

どうしてテーマパークは「テーマ」を使って「ズル」をするのか、もうお分かりだろう(そろそろこれを「ズル」と呼ぶことに筆者自身も嫌気が差してきたころだが……)。端的に、「情報圧を増やすため」である。

そもそも、再現性を高めるとはどういうことなのかというと、現実世界の法則を、形而上はともかくとして、その体裁だけでも真似るということである。現実世界の「母→子構造」は無限大に続いているから、現実世界と同じ次元に存在するテーマパークには同等のリアリティが求められる。テーマとパーツを分離し、パーツ同士を繋ぎ合わせるストーリーをまた別の要素としてカウントする「テーマパークの遺伝構造」では、ストーリーがテーマを色濃く遺伝するために用いられている。「どうしてパーツの中にパーツを作ってはいけないのか」。それは、パーツ内パーツはハイパーリアルやストーリーの出番を著しく減らし、目先のリアリティだけに拘って全体のバランスを欠いてしまうからである。

従って、テーマパークを筆者は以下のように定義する。

①「テーマ」を「観光施設」に落とし込む段階で、「テーマ→パーツ遺伝構造」を作り出すこと。

②「テーマ→パーツ遺伝構造」を限りなく濃縮し、現実世界の「母→子構造」と同様の構造にすること。

③上記2の目的達成のため、「ストーリー」を作り出して細胞分裂的に「テーマ→パーツ遺伝構造」を作り続けること。

テーマパークを構成する要素は「テーマ」「パーツ」「ストーリー」の三つなのである。 

 

破・テーマパークを楽しむ方法

続いて、テーマパークを楽しむ方法について考えていく。

旅に於ける目的分析

旅行に於いて筆者が最も大切だと考えるのが、旅の目的分析である。

これは、勉強と同様である。大学受験に合格したいのか、特定の資格を取得したいのか、教養を蓄えたいのか、考えたいのか、暗記したいのか、娯楽としてなのか、単に暇を潰したいのか……その目的によって最適な科目や勉強の仕方は変わってくるだろう。

旅の目的分析とは、正に「どうして旅に行くのか見つめなおす」ということである。これを綿密に行える人は余り多くないのではないかと思う。

私は、世の中には二つの旅しか存在しないと考える。

①観光地が目的の旅→旅”を”楽しむ!

例)金閣寺の歴史を知りたい、海底2万マイルに乗りたいなど

②観光地以外が目的の旅→旅”で”楽しむ!

例)友達と卒業旅行に行きたい、彼氏とインスタ映えする写真を撮りたいなど

 

金閣寺のキーホルダー問題」

本ブログでお馴染みの「金閣寺のキーホルダー」問題が、この二つの旅の違いを浮き彫りにしている。今回は、過去の記事より再掲して解説する。

金閣寺のキーホルダー」問題
日本は京都に位置する観光施設もとい文化財として「金閣寺」はあまりにも有名だ。室町時代の建築物の代表例で、観光地としての京都を訪れたなら外すことのできないスポットである。

この金閣寺には、様々なストラップやキーホルダーが販売されている。それだけではなく、京都の観光区域全体でこの「金閣寺」を含む寺院・神社のイメージを強調したお土産展開を行っており、ホテルや旅館に行けば大概見かけるものである。

然し、ここで誤解を恐れずにひとつ問いたい。その問いとは……

 

「正直、金閣寺のキーホルダー、必要? いらなくない?」

 

うん、うん、みんなの言いたいことはわかる、必要だよね、そうだよね。

ただ、筆者が問題にしているのはあくまで「金閣寺のキーホルダーを手元に置いておきたいか否か」ではなく、「手元には置いておきたい」という前提を支える理由である。

私はこれを「金閣寺のキーホルダー問題」と名付けている。

端的に、金閣寺のキーホルダーを手元に置いておく場合、その理由として考えられるのは

金閣寺、キーホルダー、或いはその造詣の何らかに関心がある

②キーホルダーの背景にある「購入者」「購入場所」「購入時期」に関心がある

この二択であり、

第一の理由「金閣寺、キーホルダー、或いはその造詣の何らかに関心がある」とは、正にその通りである。金閣寺のどこかに惹かれていたり、キーホルダーを集める趣味があったり、はたまたキーホルダーの製造会社に興味があったりするかも知れない。この場合「金閣寺」や「キーホルダー」の物品そのものに必要性がある。

第二の理由「キーホルダーの背景にある「購入者」「購入場所」「購入時期」に関心がある」とは、例えば、「友人と旅行に行った際に購入した」とか「旦那が出張先から買ってきた」とか、こうした物体そのものへの関心ではない、その背景に対する必要性を認めるものである。前者なら「思い出」に対する必要性や「友人」に対する必要性、後者なら「旦那」に対する必要性などが認められるだろう。然し、その場合それが「金閣寺」でも「銀閣寺」でも「清水寺」でも「龍」でもいいのであるし、「キーホルダー」でも「ストラップ」でも「タオル」でも「クリアファイル」でも、極論どれでもいいことになる。あくまで「物品の背景に関心が認められる」場合に於いての話だが。

こうしてみてみると「「キーホルダー」が欲しい」ことは必ずしも条件でないことがわかる。ちなみに「キーホルダーが欲しい」という理由の場合も、「金閣寺」である必要性は存在しない。「キーホルダーが欲しい」という理由を後押しするのが①②のいずれかであると解釈が可能だからだ。

tamifuru-d777.hatenablog.com

 

「ディズニーに行くと別れる」問題の別解を考える

「ディズニーに行くと別れる」という話を聞いたことがあるだろうか。一般的にこの問題については「待ち時間が長く、パートナーの本性を垣間見るから」「待ち時間が長く、話が続かないから」などと、その混雑度に結び付けられることが多いが、他の理由を考えることも出来るのではなかろうか? 今回は数ある理由の中の一種として、旅の二種類の分類から考えてみる。

この場合、彼氏と彼女それぞれが「パートナーと乗りたいアトラクション」と「乗りたいアトラクション」を混同していて、一緒くたに伝えてしまうことが問題なのではないだろうか。

例えば、待ち時間が140分のアトラクション「センター・オブ・ジ・アース」に乗る場合。彼女はこれに「乗りたい」とする。つまり、彼女はアトラクション”を”楽しみたい。彼氏はこれに「彼女と乗りたい」とする。つまり、彼氏はアトラクション”で”楽しみたいのであって、あくまで第一にあるのは”彼女”である。こういう状況では、彼女にとって「センター・オブ・ジ・アース」は代えの効かない絶対的なアトラクションであるが、彼氏は彼女と乗ることができるやや同質のアトラクションがあればそれに鞍替えしたい。丁度、「タワー・オブ・テラー」は90分待ちだそうだ。彼氏が、アトラクションに並ぶのを渋り、「タワテラでいいんじゃないか」などと言い出す。「え、でも朝はセンター乗りたいって言ってたじゃん」と彼女。彼氏はセンターに乗りたいのではなく、彼女とスリルライドに乗れればそれで充分なので、待ち時間の短い方が有難い。然し、往々にして、この二つの「乗りたい」の違いは明るみに出ないものだ。

結果的に、隠れた優先順位の違いから無意識のうちにすれ違いが起き、険悪に成っていく。旅に於いて、目的を明確化することは、このような事態をなんとしてでも避け、後続の予定を建設する場合でも同じ机で行うための方策である。これが何よりも重要である。

 

急・テーマパークに行くな、テーマパークに“組み込まれろ”!

それでは、序と破の章の内容を受けて、筆者の考えるテーマパークの楽しみ方を文章化、紹介しよう。

それはずばり、表題で示している通り「テーマパークに“組み込まれろ”!」である。

 

テーマパークの本質

本文で定義したテーマパークは、①テーマを打ち立て、②テーマ→パーツ遺伝構造を極力濃縮して生産し、③観光施設として現出するものであった。そして、本文ではとりわけ②テーマ→パーツ遺伝構造について触れた。

 

テーマパークに行くということ

テーマパークに行くとは、ここではどういうことを指しているのか。

テーマパークに行くという行為は、言わばテーマパークの遺伝構造の中から解脱した状態である。テーマパーク、テーマ、パーツ、ストーリーをある種俯瞰している状態で、それではどれだけ素晴らしいものも単なる置物にしか見えない。無論、それが悪いというわけではないが、それだけでは勿体無い。

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テーマパークに行く行為の図解(TDLの場合)

テーマパークに組み込まれるということ

テーマパークに組み込まれるというのは、もう皆様もお察しだろう。テーマパークを構成する「テーマ→パーツ遺伝構造」の中に「組み込まれる」のである。然し、その上で重要なのが「目的の明確化」である。

何度も登場しているTDLを例にとる。

TDLというテーマに「組み込まれる」場合、テーマパークというコンセプトそれ自体や、夢と魔法の王国というモットー、ファミリーエンターテイメントといった理念を背負う。その中に身を置くことで自ずと楽しみ方が見えてくるはずだ。友達や家族と楽しむ場合、大概はTDLというテーマに属している。カチューシャやイヤーハットといったグッズ、チュロスやポップコーン、ターキーレッグなどの簡易フードメニューは、そうしたテーマの中に存在するものだ。

又、考えられるのはTDL内のパーツ「ウエスタンランド」をテーマ化してここに「組み込まれる」パターンである。その場合、「ウエスタン」というテーマを追加で継承することになり、時代に即した格好や振る舞いをして楽しんだり、時代を再現したメニューを楽しんだり……ということができる。ここで大事なのは、組み込まれるべきは「ウエスタンランド」というあくまで「テーマ」であって、TDLに続く「パーツ」としての「ウエスタンランド」ではないということだ。「パーツ」に組み込まれることは限りなく難しく、パーツ内パーツ現象を引き起こせば楽しみ方は殆ど制限されてしまう(「ウエスタンランド」ならばスマホ禁止、カメラ禁止、日本人ダメ、拳銃所持、訛った方言英語、決闘、酒、1850年代当時の服を着て……)。

ともかく、一定のテーマに「組み込まれる」ことで、人々は自分のポイントを理解し、ゆるやかに制限された中で自由に振舞うことが出来る。テーマパークを楽しむのならば、「組み込まれる」のが一番だ。

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テーマパークに組み込まれる行為の図解

ところで、テーマに組み込まれることの利点はもうひとつある。それは、自分と誰か、自分のものと誰かのもの、自分の思い出と誰かの思い出、別の系にいるものを「ストーリー」で繋いで新たなパーツを生み出し、それを楽しむことができる点だ。

以前、こういうことがあった。

筆者はTDSメディテレーニアンハーバー、それもザンビーニ・ブラザーズ・リストランテのテーマを継承していた。筆者はワークキャップを被り、白いシャツとスラックスに大きな鞄を持って、大層な生活は出来ない労働者層の一般イタリア人であった。ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテのテラス席のうち一方は、天上に葡萄の蔦が屋根を作っていた。その下で仄かな夕焼けを浴びながら、グレープジュースと共にピザを食べることができた。ふと、テラスから外を眺めると、そこにはファンタスティック・フライト・ミュージアムが建っていた。カメリア・ファルコ生誕100年の特別展示の真っ最中である。そこに、沢山の人が入っていく──彼らは単に、TDSというテーマを継承している、私よりも上流に組み込まれた人らなのだが、私は彼らを見ながら感傷的になったものだ。メディテレーニアンハーバーにはこれだけ沢山の人がやってくるのだ。私から一方的にではあるが、彼らと私の間にはストーリーが生まれていたのである。

テーマパークの遺伝構造の中を網目状に繋がるストーリーは、来訪者自身が生み出すことも出来るのである。これこそ正に、私が提案するテーマパークの楽しみ方「テーマパークに“組み込まれろ”!」である。

 

おわりに

新型コロナウイルスの影響で休園を余儀なくされたテーマパークは数多い。人と人の触れ合いがない期間が続くが、なんだかテーマパークらしくない気もするものだ。

本文執筆に当たっては、執筆中に二転三転した思考回路の整理に追われ文章が煩雑になった。『テーマパークに行くな、テーマパークに“組み込まれろ”!』というテーマから生まれた様々なパーツが、またいつかこのブログでテーマとして現れる日があれば、次はもっと綺麗に書けるようリベンジしたいものだ。

*1:ブログ筆者注:トイビル・トロリーパークが移動遊園地というのは公式に記述がない噂。